6年1組(前編)

ある都市郊外の小学校。六年一組の教室。ここに気が弱く、いつもいじめられている少年がいた。彼の名は性格を表わすかのように内木といった。物語はこの教室の一角から始まる。それは休み時間のことだった。

「このやろー!」

ボカッ!

「うああっ!!」

体格のよい、このクラスの番長的な存在、蛭田。内木は彼に思い切り殴られた。口元に血を垂らし、内木はか細い声で言う。

「ひ、蛭田くん・・・ ぼく何にも悪いことしていないのに、どうして殴るんだよう・・・」

蛭田は内木の顔にツバを吐いた。

「そんなこと知るかよ! とにかくムシャクシャしたときはテメエを殴れば気が済むんだよ!パンチバッグの代わりだぜ! ギャーハハハハ!!」

蛭田の子分の二人の少年、高橋、中村も一緒になって笑った。内木は何も言い返せず、ただ泣いていた。

「う、ううう・・・」
「あいつら・・・」

そんな様子を苦々しく見つめている少年がいた。彼の名前は牧村。彼も元はいじめられっ子であった。高学年になるにつれ、体つきが大きくなり六年生になってからは、自分はいじめられることがなくなっていた。しかし、彼は内木の辛さが痛いほどに分かった。そして助けてやることのできない自分を恥じていた。内木を殴り、気の済んだ蛭田は内木の元を離れた。牧村が内木に歩み寄って行く。

「大丈夫かい、内木くん」
「う、うん・・・」
口の根元を切り、まだ血が垂れている。牧村はティッシュを渡した。

「ありがとう、牧村くん・・・」
「・・・内木くん、先生に言おう。もうそれしかないよ」
「で、でもそんなことをしたらボクは余計に・・・」
「だからと言って、このままじゃヤツらのイジメはエスカレートする一方じゃないか。ボクも一緒に先生の所に行くから」

内木の顔には戸惑いが見える。

「さあ行こう、内木くん」

内木は小さくうなずいた。職員室、彼らの担任、岩本のもとへ二人は行った。先生なら助けてくれる。そう願い二人は岩本に全てを打ち明けた。だが岩本の反応は冷たかった。

「なんだ内木、おまえそれでも男か! そのくらい自分で解決してみろ! 先生にそんなことですがるんじゃない!」

内木はただ、下をうつむいていた。

「そんな・・・」

牧村は岩本の答えに落胆した。二人は職員室を後にした。だが運の悪いことに、職員室から出てくる様子を蛭田に見られてしまった。

「あいつ・・・ 先生に言いつけたな!」

その経緯も手伝い、牧村の危惧していた通り、徐々にイジメはエスカレートしていった。休み時間、内木がトイレに行こうとしても行かせてもらえない。授業中、がまんの限界にきていた内木は股間を押さえ、苦しんでいた。彼の後ろの席に座る蛭田が言う。

「おい、内木、授業中に便所なんて行くなよ。みんなが迷惑するだろ・・・」

だが内木には、蛭田のその言葉に返事ができるゆとりが無かった。

「おい、分かってんのかよ!」

とがったエンピツの先を内木の背中にザクリと刺した。

「ヒッ!!」

彼はたまらず、小便を漏らしてしまった。

「ああ、汚ねえ! 先生、こいつションベンもらしたぜ!!」

かねてよりの計画だったのか、牧村の止める間もなく、すかさず蛭田の子分、高橋と中村が内木のズボンを下ろして下半身を露にしてしまった。

「アッハハハハ!!」
「きたなーい!」

心無いクラスメイトたちの嘲笑と侮蔑の言葉が内木を切り刻む。

「あああ・・・」

内木はしゃがみこんで、泣いていた。牧村は、無念そうに彼を見つめる。彼にはこの状況で内木をかばうほどの度胸は無かったのである。イジメは蛭田と子分二人だけではなく、やがてクラス全体に伝染していった。給食の時、当番の配膳に内木が並んでいると、当番の者はわざと内木の食事を床にこぼし、それを土足でふみつけ、それを皿ですくいあげ、彼に渡した。戸惑う彼に、当番の者は複数で内木の口をこじ開け、無理やり食べさせた。そのおり、いや彼はいじめられている時、牧村にすがるような視線を見せた。しかし、牧村にはクラス全員を敵に回しても内木を救う度胸は無かった。その視線に気づかないふりをして、して自分は決していじめる側に転じないことだけで精一杯であった。彼は知らない。イジメを見て止めなかった者。その者もイジメを行っていると同様だということを。

そしてある日、この日はクラスで実力テストが行われる日であった。担任の岩本は前日にエンピツを削ってくるようにと生徒たちに伝達していた。内木はその言いつけを守り、ちゃんとエンピツを削ってきた。蛭田の子分、高橋がそんな内木の筆箱を開けた。

「どうだ、内木ちゃんとエンピツを削ってきたか」

高橋は削ってあるエンピツ数本を握った。

「あ、高橋くん、何を」
「なんだよ、削ってねえじゃんかよ!!」

ボキィ!

高橋は内木のエンピツすべてを叩き折った。

「ああ!」

この時は牧村も勇気を出した。自分の削ったエンピツを持った。

「内木くん! ボクのエンピツを!!」

だが、その牧村の肩を蛭田が押さえた。

「牧村」
「う・・・」
「このクラスで内木の味方をする者はお前だけだぞ」

いつの間にか、クラス全員が牧村を睨んでいた。驚くことに、女子に至るまで全ての人間が牧村を睨んでいた。

「テメエも内木と同じように総スカン食らいてえのか?」
「うう・・・」

蛭田に睨まれ、牧村は動けなかった。これ以上、内木の味方をすることは許さない。蛭田はそう言っている。牧村は内木にエンピツを渡せなかった。やがて担任の岩本がやってきた。答案用紙は配られ、今は裏返しで机の上に置き、岩本の「始め」の指示を待つだけである。その前に岩本は一人一人の机を見て回った。

「どうだ。エンピツは削ってきたか。・・・ん?」

岩本は内木の机で止まった。

「なんだこのエンピツは!」

内木は勇気を出して言った。

「た、高橋くんに折られてしまいました・・・」

そう蚊の鳴くような声で訴えた。岩本は高橋を見た。

「高橋、本当か!?」
「ええ〜 ボク知りませんよ〜」

うすら笑いを浮かべて、高橋は否定した。

「じゃ、じゃあ牧村くんに聞いてください」
「おい、牧村、お前知っているか」

内木は牧村を祈るように見つめた。同時にクラスの睨む視線が牧村に集中する。ここで内木を弁護すれば、明日から自分も内木と同様にいじめられる。そう思った牧村の口から出た言葉。

「知りません・・・」

その言葉を聞いて内木の顔から血の気が失せた。

「そ、そんな・・・」
「バカ者!」

バシィン!!

追い討ちをかけるように岩本の平手が内木の顔に叩き込まれた。

「クラスメイトに責任を押しつけるなんて最低な行為だぞ! お前はテスト白紙で出せ!!」

クラス中の嘲笑が内木の耳に響く。内木の頭の中はもう絶望で一杯だった。

そして何事もなかったようにテストは始められた。筆記用具のない内木にはテストに答えを書くことができない。真っ白な答案用紙の裏面をただ見つめていた。やがて彼は回りに見つからないように、折れたエンピツを自分の右手に刺した。心の中で彼はこう叫んでいる。

「ちくしょう! ちくしょう! ちっきしょう!!」

声にならない叫びを、自分の手に叩きつける。彼の右手は血に染まった。

「ううう・・・」

血に染まった自分の手のひらを内木は見つめた。

テストも終え、その日の授業はすべて終えた。牧村は内木に合わす顔もなく、すばやく帰ってしまった。蛭田たちは岩本に「高橋くんに折られた」と言った事が気に入らなかったらしく、内木を袋叩きにするため彼を探した。しかし内木はどこにもいなかった。まだ机には彼のランドセルもある。しばらく内木を待ち伏せしていた蛭田たちだったが、夕刻を過ぎても内木は現れず仕方なく彼らも帰ろうとした。

「今日の分も、明日やってやればいいじゃん。帰ろうぜ」

子分二人もそのまま蛭田に続いて帰宅した。

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