6年1組(後編)

その日、岩本は当直だった。この小学校は当時まだ教員が交代で当直を担当していたのである。岩本は本日に行われたテストの採点を行っていた。

「阿部・・・ 75点と・・・ ん?」

白紙の答案用紙があった。しかし、裏面に赤い文字で何か記されている事が分かった。

「なんだ?」

岩本は答案を裏返すと息を呑んだ。そこには血文字でこう書かれていたのである。

「みんなころしてやる」

「これは血文字? 内木め、悪ふざけしおって! 明日は灸をすえてやらねばならんな」

やがて校内見回りの時間となったため、岩本は懐中電灯を片手に校内を回った。見回りをはじめてしばらく経ったころ、ある一室から物音が聞こえた。

ゴトリ・・・

「なんだ?」

岩本はその一室に入っていった。理科準備室である。準備室に入ると何故か岩本の持つ懐中電灯は消えてしまった。スイッチを何度押しても点灯しない。やむなく彼は愛用のジッポライターを着火した。

ボッ

「うわ!」

少し明るくなった室内で岩本が見たもの。それはヒトの形をした人形だった。

「な、なんだ。人体標本か・・・ 驚かせやがって・・・」

そう岩本が安堵したその直後だった。

ガターン!!

一つの首吊り死体が岩本の背後に落ちてきた! 太いロープで自らの首を絞めぶら下がる死体であった。

「げぇ! 内木!!」

岩本は驚きのあまり、思わず持っていたジッポライターを手放してしまった。ライターは床にポチャンと落ちた。何かの液体がまかれていたようである。灯油だった。

ボォン!!

「ウギャアアアア!!」

理科準備室は火の海となり、翌日、内木と岩本の黒コゲの死体が見つかった。理科準備室からは、それから不思議な声が聞こえだした。

「ころしてやる・・・ みんなころしてやる・・・」

牧村のクラスでは当然、その話が噂となる。休み時間、牧村はクラスメイトとヒソヒソとその話をしていた。

「おい牧村、知っているか? 理科準備室から内木の声が聞こえるらしいぞ」
「うん・・・」
「『ころしてやる・・・』とか言っているそうだぜ・・・ オレたち呪い殺されるのかな」

準備室から内木の声で『ころしてやる』と聞いたのは一人や二人ではない。一組の人間、何人も聞いていた。いじめていたのは全員。牧村も例外ではない。いつ自分が教師の岩本のように殺されてしまうのか、たまらない恐怖であった。

「バカヤロウ! お前ら何言っているんだ!」

牧村たちの話に蛭田が入ってきた。彼も少なからず怯えの表情が見える。

「こ、腰抜けは死んだって腰抜けだ。何もできやしねえよ。ハッハハハ」
「ん?」

牧村には蛭田の首に何かが見えた。

「な、何だ?」

目を凝らして見つめると、それはロープだった。しかし、蛭田も周りもそのロープに気づかない。牧村にしか見えないのだ。ロープは蛭田の首に巻かれ、その端末は上に伸びている。そしてその端末を握っていた者。不気味な笑みを浮かべて、ロープを握っていた者。内木だった。

「うわあ!」

牧村はその光景を見るや、脱兎のごとく教室から出て行った。寒くもないのに歯がガチガチと震え、恐怖のあまり失禁もしていた。そしてその日、蛭田は下校中に四トントラックにはねられ、即死した。理科準備室からは、まだ内木の声がかすかに聞こえていた。

(ころしてやる・・・ みんなころしてやる・・・)

クラスの誰もが口には出さずとも、思っていた。次に殺されるとしたらアイツらだ、と。蛭田の子分だった二人の少年、高橋と中村。二人は朝から怯えた表情をしていた。彼らも蛭田が死んだのを見て、内木の復讐の呪いがどれだけ恐ろしいかを知った。今度ころされるのは自分たちだ。彼らの冷や汗は止まる事はなかった。そして牧村には再び見えたのだ。高橋、中村の首にロープが巻かれているのを。そのロープを笑みさえ浮かべて握る内木の姿を。

そしてその日、高橋はグラウンド整備用のローラーに巻き込まれて即死。中村は清掃の時間中、三階の窓を拭いているときに転落し、死亡した。

牧村は翌日から学校へ行かなかった。自分の部屋に閉じこもり、出ようとしなかった。

(次はボクだ! 次はボクなんだろう! 内木くん!)

布団の中でブルブルと震える牧村。死の恐怖に押しつぶされそうだった。

(あの時、『知りません』と言ったのは謝るよ! ごめん! だから助けて! ボクをころさないでよ内木くん!!)

しかし、蛭田、そしてその子分の高橋と中村が死んでより、理科準備室から内木の声は聞こえなくなった。また死者も出ず、内木の自殺から異様な雰囲気であった六年一組の教室に静けさが戻りつつあった。牧村も落ち着きを取り戻し、内木の復讐の呪いは終わったのだと解釈し、再び学校に登校した。この日は遠足である。集合場所でもある一組の教室に牧村は久しぶりに入った。今までの不登校の負い目を拭い去るかのように牧村は元気良く教室のドアを開けた。

「みんな、おはよう!」

クラスメイトたちは久しぶりに登校してきた牧村を温かく迎えた。牧村が内木の復讐を恐れているのは誰もが知っている。

「よう牧村、久しぶり!」
「何よ、牧村くん、少し太ったんじゃない?」

クラスメイトの反応にホッとしつつ、牧村は背負っていたリュックを降ろした。クラスメイトたちは遠足の期待に浮かれ、バスの到着を今か今かと待ちわびていた。だが、牧村にはまた見えてしまった。クラスメイト一人一人、全員の首にロープが巻かれている。女子も例外ではない。全員にである。誰一人、そのロープに気づかない。牧村にしか見えないのだ。クラス全員の首にロープを束にして持っている者。それは内木だった。

「う、内木くん・・・」

空中に浮かぶようにして、内木の姿がある。ロープの束を持ち、笑う内木の顔がある。これから自分をイジメぬいた者たちを皆殺しに出来る喜びか、内木の顔は喜色満面である。内木は牧村を見ない。クラスメイトたちの首に巻いたロープを嬉しそうに見つめているだけだ。牧村は自分の首にもロープがあるかを見た。牧村の首にロープは無い。しかし彼は狂ったかのように、首からロープを取り払うべく暴れだした。

「う、う、うわあああ!!」

突如に暴れだした、牧村にクラスメイトたちはあっけに取られた。

「牧村、どうしたんだよ?」

首に内木のロープが巻かれていると知らない牧村の友は怪訝そうに牧村に詰め寄った。その言葉に、牧村が顔を上げたときである。その友の背後には、まだロープの束を持ち笑っている内木が牧村を見ていた。牧村と内木の目が合ったのである。

「ギャアアア!!」

牧村はリュックも置きっぱなしで、教室を飛び出していった。恐怖のあまり涙は流れ、小便と大便が垂れ流しであった。牧村は半狂乱状態で家に駆けた。まだ終わっていなかった。内木の復讐は終わっていなかったのである。その日、六年一組を乗せたバスは山の側道を走行中にガードレールを突き破り、谷底に落下した。運転手、バスガイド、そして六年一組全員が死亡した。

ついに牧村以外は全員死んでしまったのである。牧村は怯えた。

「次はボクだ・・・ 次はボクだ・・・ 内木くんは最後にボクを殺す気なんだ・・・」

内木の復讐に怯える日々を牧村は送った。いっそ自分も死んだら楽になれると考えたほどである。しかし彼は自分で死ぬことが出来なかった。

そして十年・・・牧村はその後無事に小学校を卒業し中学、高校と進んでいった。もはや彼の頭の中にも内木の存在は徐々に薄れてきていた。牧村は現在二十二歳となっていた。そんな彼の元に、一通の不思議な手紙が来た。牧村はその手紙を見て愕然とした。

『六年一組同窓会のお知らせ』

「そ、そんなバカな!」

牧村がそう思うのは無理も無かった。六年一組で生きているのは彼だけである。あとは全員が死んでいるのだ。その彼の元にどうして同窓会の通知が来るのか。しかし、彼は同窓会の会場に向かった。牧村にはこの同窓会の知らせを無視する事が出来なかった。何かに手招きでもされるかのように、牧村は会場へと歩いた。会場はかつて牧村が通った小学校。忌まわしい思い出ばかりのこの小学校へ牧村は卒業後一切近寄らなかった。しかし今、牧村は再び校門をくぐった。時間は深夜0時。同窓会を行う時間としては適当ではない。それでも牧村は行った。季節は寒い冬。牧村はコートの襟を立て、白い息を吐きながら、会場の教室へと歩いた。カツーンカツーン。深夜の校内に牧村の靴音が冷たく響いた。やがて牧村は見つけた。『六年一組同窓会会場』と案内の紙が貼られた扉を。牧村はドアのノブを握った。ドアの向こうはシーンとしている。誰の気配も感じられない。

ギイ〜

牧村は会場に入った。このとき牧村は気づいていないがドアに『六年一組同窓会会場』と貼ってあった紙。それが牧村が室内に入ると同時に剥がれ落ちた。その紙はくるりと半回転して床に落ちた。それはかつての答案用紙。あの日、内木が自らの血で書いた文字が書かれている紙だった。

(みんなころしてやる)

会場、そこはかつて内木が首吊り自殺を行った理科準備室であった。室内は暗い。同窓会などやってはいない。牧村は暗闇の中、ただ立っていた。そして徐々に見えてきた。まるで綱引きにでも用いられる太いロープ。その端末は輪状となって結ばれている。それが天井からぶら下がっている。その輪の向こう、うっすらと人影が見えてきた。牧村を見て、不気味に笑う者。

「待っていたよ・・・ 牧村くん・・・ きみのロープだ・・・」

「うわあああああ!!」
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