牛の首
〜前編〜
私は、今も誰かの視線を感じています。 しかも大勢の視線を・・・私は、あの時、あんな話さえ聞いていなければと後悔しています。
私が大学生の頃、親しくしていたボーイフレンドがいました。その人とは、「付き合ってもいいかな」と思っていたのですが、なかなかアプローチもしてくれません。彼とは、ずっと友人関係のままでした。
ある日、彼の家で、友人達と宅飲みをしていた時のことです。彼が
「今日泊が、お前に片想いなんだって」
と私に告げました。今日泊君のことは、「変わった名字の人だな」と思っていましたが、私は、今日泊君に好意を持っていません。それどころか「暗くて気持ちの悪い人」と感じています。彼は、
「今日泊の誕生日に、あいつの部屋で宅飲みして祝ってやるんだけど、お前も来てくれないか?」
と私に頼み込んできました。私は、はっきり言って物凄く嫌でしたが、
「一度でいいから頼むよ」
という彼の言葉に圧され、ついつい承諾してしまったのです。その場に居た女友達も
「どんな奴か見てみたい」
と言い、私と一緒に今日泊君の誕生日パーティに行くことになりました。
今日泊君の誕生日パーティーで私は「もしかして今日泊君は、いい人なのかも・・・」と感じました。
今日泊君の部屋に入った時の事です。 部屋に入り、上着を脱ごうとした私に今日泊君は、ハンガーを持ってきて、私の上着を掛けてくれました。その時、私は、「今日泊君って、やっぱり私のことが好きなのかな」と考えてしまい、凄く恥ずかしくなりましたが、「今日泊君は、みんなに気を遣いすぎてる」とも思えてしまいます。
一応、今日泊君専用の小さなケーキに蝋燭を立て、今日泊君に蝋燭の火を吹き消してもらいました。今日泊君は、人差し指でホッペタを擦りながら、恥ずかしそうな顔をしています。私は、みんなと、ほんのチョットだけ「Happy Birthday To You」を歌い、すぐにビールを飲みながら、お摘みを食べ始めました。みんな口数も少なく、白けた雰囲気になってきています。
「何となく気まずい空気・・・」と思っていたら、突然、今日泊君が寒いダジャレやパフォーマンスを一生懸命にやり始めました。場を盛り上げようと頑張っている今日泊君を見ていると私は、「何か今日泊君の力になってあげられないだろうか」という思いが込み上げてきます。そして私は、
「みんなで恐い話をしない?」
と何となく言ってしまいました。
今日泊君は、あの時、あんな恐ろしい話をしたくなかったんだと思います。でも今日泊君は、私のせいで話してしまった・・・私は、今も自分の軽はずみな行いを、後悔せずにいられません。
私は、恐い雰囲気を演出するために、蝋燭に火を付け、部屋の電気を消しました。そして、私が聞いたことのある話の中で、最も恐いと思った話を、みんなに聞かせたのです。みんなは私の話を聞き、
「恐い、恐い」
と喜んでくれました。場が盛り上がったことに私は、調子に乗り過ぎていたようです。私は、今日泊君に
「次は、今日泊君の恐い話を聞きたいな」
と言ってしまいました。何となく私は、「今日泊君と、それなりに会話しておきたい」と考えていたからだと思います。今日泊君は、
「とてつもなく恐ろしい話を知ってるけど、人に聞かせていいような話じゃないし・・・」
と言って、俯いてしまいました。みんなは、今日泊君に
「その恐ろしい話をしろ」
と騒ぎ始めますが、今日泊君は、困った顔をしています。私は、今日泊君の恐ろしい話に興味を持ちましたし、「今日泊君の、私に対する気持ちを確かめたい」という気持も強くなりました。それに今日泊君の言葉で、私が恐い話をした時より、みんな盛り上がっているみたいです。私は、今日泊君に、もっと人気が集まって欲しいとも思っていました。それで私は、今日泊君の顔を見ながら、
「私も今日泊君の、とっても恐い話を聞きたいな!」
と言ってしまいます。今日泊君は、私の顔を一瞥するとコクリと頷き、話し始めました。
今日泊君の言ったように、あの話は、人に聞かせるべき話では、ありませんでした。でも最初は、こんな恐ろしい話だとは、思いもしなかったのです・・・
「俺の実家は、北陸にある小さなお寺なんだ。俺は、高校の時、ドラムを叩くのが好きで、いつもバンドの練習をしてたんだよ。そのうちバンド仲間に誘われて、族に入ってからは、バイクも好きになった。寺の息子らしからぬ俺を、いつも親父は、咎めてたよ。そんな親父が、ある時、とてつもなく恐ろしい話を俺に聞かせたんだ。あの話を聞いて以来、今でも誰かに見られてるような感じがする」
「本当に、俺が親父から聞いたことを話していいのか?」
今日泊君は、そう言うと、複雑そうな顔をして黙り込みます。私は、今日泊君の話を盛り上げるために、「どんな時に、どういうリアクションをすればいいのかな」と考えながら、今日泊君の話を聞いていました。そして今日泊君が黙り込んだ時、私は、オーバーに脅えたフリをしながら「今日泊君、頑張って」と心の中で呟いていたのです。
今日泊君は、嘘やハッタリをするような人に見えませんでした。それなのに私は、今日泊君の忠告を重大なこととして認識していませんでした。そして私は、あの恐ろしい話を聞いてしまったのです・・・
みんなの
「早く、その話を聞かせろ」
という声に今日泊君は、軽く頷き、再び話し始めました。
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