悪魔が狩る対象
今から五年程前、俺が工房だったころの話をしますよ。
俺の家は教会で、親父が牧師をやってる。まあ俺はそんな真面目にキリスト教を信じてたわけではないんだけど。
でも、五年前にあれを経験してからは、少し信心めいたものを持つようになったかもしれない。そのきっかけになった出来事を、書くことにしますよ。
たぶん長文になる+駄文になると思われるけど、まあ暇だったら読んでください。
五年程前の夏休み、俺は外にも出ずにずっとゲームばっかやって過ごしてた。暑い中外に出るなんて考えられなかったから、マジで一歩も外に出ない日が一週間くらいは余裕で続いたりした。
でも、当時仲の良かった連中とある日、近くの神社の縁日に行くことになったんよ。
うちは教会で、教会はもちろんキリスト教だから、他の宗教の祭りに遊びにいくのは良くないんだが、その辺子供心をよく理解してくれてた親父は、
「良くない、ということだけわかってればいい」
と言って、俺がそういうところへ遊びに行くのも許してくれた。
そんなこんなで、友達たちと縁日へ遊びにいき、アホみたいに高い屋台で焼きそば食べたり、浴衣で来た女友達とか一緒に連れて、近くの公園でだべったりして遊んだ。
その場には6人くらいいたんだけど、その中で親友のAとその兄(以下A兄・大学生でガキのころから仲がいい)がいて、何を思ったか、肝試しをしようと言い出した。
俺は生まれた時から教会の中で育ってそういった霊的な世界の話もよく聞かされてきたから、結構オカルトとか好きで、同じような趣味のAとA兄と、三人で廃墟に遊びに行ったりしたこともあったりするんだが、そのときは女の子と肝試しという状況に惹かれてw俺はそれに賛同した。
その場の半分の人間(俺・A・A兄)が賛同したために、結局全員肝試しに同意して、A兄が運転するA家の車で、ある場所へ出かけることになった。
そのある場所ってのは、同じ市内の少し離れたところにある地域で、俺の家からだと小さな山を越えた、その裏側にあたる。そこはうちの母親(母親には霊感がある)が
「あそこは気持ち悪い」
といつも言っているような場所だから、おそらく何かあるんだろうなとは俺も思ってる地域だった。ただ、その辺りは山間のためそんなに人家は多くなかったが、ただそれだけでそんな曰くつきの怪談が、とか、そういうのは聞いたことがない場所だ。
俺はA兄が何でそこに向かうのか、最初から疑問だったので聞いてみた。A兄が言うには、
「この間、じいちゃんから○○山(その場所にある山)の中に廃屋があるって話を聞いた。場所を聞いたけど教えてくれなくて、それで何度か探しに行ったんだが、一昨日ようやく見つけたんだ」
ということだった。
なるほど、まあ肝試しとしては悪くない。俺はそう思い、すでに不安そうな顔をしている女友達をからかったりしながら、車がそこへ到着するのを待った。
10分ほどで車が停まり、A兄が
「ここからは歩くぜ」
と言って降りた。
まあ地元の人間でも知らなくて、しかもA兄が何度も探しに入らないと見つからないような廃屋だから、車では途中までしか行けないことは頷けた。そこは舗装もされてない山道で、路肩の少し広がったところへ車を停めると、もう人二人が並んで歩くくらいの幅しかないような細さだった。
俺も何度かこの山には来たことがあるから、この道自体は知っていたけど、なるほど、たしかにここから山に入っていった先に廃屋があるとすれば、こんな意味不明なところで道幅が広がっているのも納得できた。
「ここ。ほら、藪で隠れて見えなくなってるけど、階段があるだろ?」
A兄が鬱蒼と茂った草を掻き分けると、そこには無造作に石で組まれた階段…どうやらここから山中へ上っていけるようだった。
こんなんよく見つけたな、と思いつつも俺たちは縦一列に並んで上り始めた。当たり前だが夜で足元がわからず、懐中電灯の光で何とか目を凝らして進むため、A兄の話ではすぐに着くはずの廃屋までは案外時間がかかった。
30分弱ほど夜の山中を歩き、そろそろ息も上がってきたころ、A兄が立ち止まって指差した。
「あれだ。あそこのすこし開けたところ…見えねえか?」
見ると、たしかに林が切れた少し先に、建物らしきものがある。石垣に囲まれて、それは典型的な日本家屋のように見えた。
ようやく辿り着いた廃屋に近寄ってみると、そこは廃屋と言うよりは残骸に近く、中に入ることなんてとてもできないようなものだ。
いささか期待はずれの廃屋に落胆しつつも、なんでこんなところに一軒家が…という不思議な状況に興味をそそられる。それと同時に、なにか異様な雰囲気が、この場を渦巻いているような気がした。例えるなら、水の中に砂糖を溶かした時の、陽炎のようにゆらゆらと糖分が溶け出す感じ? 透明の何かが蠢いているように思えた。
嫌な場所だな…
そう思いながらも辺りを見て回っていると、一緒に来ていた女の子が半泣きの声で、一番近くにいた俺を呼ぶ。女の子が見ていたのは、家屋の正面、石垣のところにある表札だった。名前は、木板が腐ってしまっていて読めないがそんなことよりも背筋を寒くしたのは住所だった。
▲▲村●● 1−1(番地は適当)
のように書かれているその▲▲の部分は、俺たちの市の名前だったが、問題なのは●●の部分…懐中電灯に照らされたそこには、『呪』とあった。
おいおい、やばいだろこれは…そう思った俺はすぐにA兄に、ここは一体何なのか問い質した。
「この家なんなの? この辺って住所■■だろ? 呪なんて地名聞いたことないし、洒落になってねーよ」
俺に言われて、A兄は爺さんから聞いたという話を語り始めた。
以下、さすがに細かくは覚えてないので要約だけ書くと、
- この近辺はA兄の爺さんが子供だったころ(つまり昭和初期ごろ?)、ある一族が何世帯か住んでいた。
- その一族は何か独特の宗教のようなものを信じていて、その宗教の呪術の類を使って占いやお祓いなんかをしていた。
- しかしその一族の人間は次々に死んで、最後には誰もいなくなった。
- その一族の住居は大半は戦後の宅地開発で付近の道路や宅地に変わってしまったが、今でもこの山の中にいくつか残っているらしい。
というようなことだった。
「だから俺も、こんな気味悪い地名のことなんてわからん。一昨日見つけた時はこんなとこまで見なかったからな。帰ったらじいちゃんにでも聞いてみるか」
「そうか…でもなんかここやばいって。遊びで来ていいような場所じゃない気がする」
実は俺は雰囲気くらいでなら霊を感じられる程度の、ごく弱い霊感ならあるんだが、この場の雰囲気が、どんどん気持ち悪くなっていっているような気がしていた。
俺は帰ろうと提案したんだが、AとA兄はせめてこの家を一周見て回ると聞き入れず、運転者のA兄がいなければ帰れない俺たちは、しぶしぶそれに同意した。
そしてみんなで一塊になるようにして、家の裏に回りこんだ瞬間、俺は全身の毛がぞくぞくぞくっ!!と逆立つような感覚に襲われた。目の前には小さな濁った沼があった。
やばい!!ここはやばい!!
空気だけで、明らかに危険な何かがいることがわかった。どこからか、おおおおぉぉぉぉおぉぉ…とか、ううぅぅぅぅ…とかいった低い声も聞こえてくる。
「この沼絶対にやばいって! ほら、帰ろう!! つーか、俺一人でも帰るからな!」
俺が余りにテンパるので、情けないことに一緒にいた女の子まで「大丈夫…?」と俺を心配しだす始末。でもそこまでなってようやくAもA兄もわかってくれたのか、俺たちはすぐに山から降りて、A兄にそれぞれの家まで送ってもらった。
山から降りても、車に乗ってる最中も、ずっとさっきの声が聞こえていた。苦しそうなうめき声、とはちょっとちがう。感情も何も感じない、ただ低い声。俺はわざと大きな声で全然関係ない話を始めたりとかして、気を紛らわせた。
俺を家まで送って別れるときに、AとA兄は
「お前は来ないだろうけど、俺たち今度もう一回あそこ行ってみるわ。何か面白いものあるかもしれんし」
などと言って笑っていた。
俺はあそこはやめたほうがいいと再度忠告したが、でも結局行くんだろうな、とは思っていた。
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