悪魔が狩る対象
〜後編〜

Aたちの車を見送って、家に上がる。声はまだ聞こえる。

玄関を上がって居間に入ったところで、テレビを見ていた親父が振り返った。

「おー、遅かったな。縁日で何か食ってきただろ? 晩飯あんまり残ってないけど、食いたかったら冷蔵庫の中な」
「いや、いい。腹減ってないや」
「そうか。じゃあちょっとこっちこい」

そういうと親父は、俺を生活に使ってる家の隣に建つ教会へと連れて行った。

大体親父に教会の方へ連れて行かれるときは、大事な話があるときか、説教されるときだったから、俺は何かやらかしたかなと心当たりを探りながらも、少し緊張しながら切り出した。

「それで、なに? 何か話があるとか?」

俺が聞くと、親父は並んだイスに座りながら、真剣な顔で言った。

「お前、縁日に行ったんじゃなかったのか?」
「いや…縁日行ったよ」
「じゃあそれどこで拾ってきた」
「それ? …何が?」
「お前なら何も感じないはずがないだろう。どこか変なところに行ったんじゃないのか?」

この声のことか…

そう悟った俺は、縁日の後に行った廃屋のことを正直に話した。たぶん怒られるだろうな、と思っていたが、親父は俺の話を終始黙って聞き、俺が話し終わったあともしばらくは何も言わなかった。

「で、俺何か憑かれてるの? 悪霊(あくりょうではなく、キリスト教ではあくれいと読む)とか?」
「憑いてる。まあしょうもない霊はうちに入る前に逃げてくが、これは少しは根性あるかもな」
「大丈夫なん?」
「声が聞こえるほかに、何かあるか? 何か見えるとか、気分が悪いとか、どこか痛いとか」
「いや、声だけ…」
「なら大したことない。ほら、祈るからこっち来い」

言って親父は俺をそばに寄らせると、俺の頭に手を置いて祈り始めた。

最初は日本語で祈っていたが、途中から異言(いげん:聖霊を受けた人が語る言語。その人の内の聖霊が語りだすらしい。その言葉は本人にさえ何を言っているのかわからず、必ず本人が知らないどこかの国の言語か、天使の言葉を話す。親父の異言はなんか巻き舌っぽい発音だ)に変わった。

さすがに聞きなれた親父の異言だけに、不思議な安心感が俺を包む。祈りが終わったとき、ずっと聞こえていた声は消えていた。

「明日、その廃屋へ行った友達を全員連れて来い。他の子にも何か憑いてるかもしれん」

夏休みだったから、みんな集まれるはずだったので、俺は素直にそれを承諾した。

親父は特に、一緒に行った女友達のことを心配していた。AやA兄のように、まったく怖がってない人間はそんなに危なくないらしい。そういう態度が逆に霊のちょっかいを呼ぶこともあるそうだが、その程度で機嫌を損ねるような霊は小物で、そんな霊にはそれこそ幻聴や幻覚、悪夢、不安なんかを引き起こすくらいしかできないそうだ。

そういう意味で、怖かったであろう女友達のほうが心配だし、何より、女は男より霊的攻撃に晒されやすいらしい。

これは聖書の創世記で、サタンが善悪を知る木の実を食べさせるために騙したのがエヴァで、そのエヴァに勧められてアダムもそれを食べてしまう、というエピソードに象徴されているそうだ。だから、男は女に弱く、女は悪魔に弱いと。

俺は親父からそれを聞いて、さすがに女友達のことが心配になったが、思い返すにそんなに様子がおかしかった記憶はないから、大丈夫なんじゃないか…そんなふうに思っていた。

次の日、俺は昨晩廃屋にいった面子に事情を話して、教会に集まってもらった。

全員集まったので、親父を呼びに行くと、すでに親父の表情が険しい。

「悪霊がいる。お前は来なくていい。…それから、一つだけ言っとく。怖がるな」

それだけ言うと、親父は教会の方へ向かっていった。

とりあえず居間で、何もせずにぼーっとしていると、AとA兄、それから昨晩一緒に行ったBとC(Cは女の子)がすぐにやって来た。

「どうだった?」

俺が聞くと、Aがこわばった顔で

「D(Dも女の子)に何か憑いてるらしい。俺たちも追い出された」
「Dちゃんが? 昨日は何ともなさそうだったのに」

俺が不思議がると、Cが涙目で言い出した。

「それなんだけど、何ともなさそうだったのが、今にしてみれば逆に変な気がしない?Dって結構怖がりだし、最初肝試しに反対してたのもDだった…車の中でもずっと不安そうだったし…」

それを聞いて、俺はあの廃屋でのことを思い出した。家の裏の沼で俺が立ちすくんだ時、俺を気遣ってくれたのはDだった。

『大丈夫…?』

そう言って、彼女は少し笑っていた。あの状況で、あのDが笑う…?あの時既に、Dに悪霊が憑いていたとしたら…俺は背筋が寒くなって、

「親父が怖がるなって言ってた。とりあえずあんまり考えるのやめにして待とうぜ」

みんなに―半分以上は自分にそう言い聞かせて、親父とDが出てくるのを待った。

どれくらいの時間が経っただろう、気まずい沈黙が流れて、その気まずさも麻痺してきたころ、ようやく親父とDが居間に現れた。

「…もう大丈夫なの?」

みんなが二人に注目する中、親父が黙って頷いた。

「みんな、もうその廃屋へ行くのはやめとけ。怖がる必要はないんだ、でも、わざわざ行くこともない。ほら、防弾チョッキを持ってるからって、わざわざ自分で自分を撃ってみたりしないだろ? それと同じだ」

Dに憑いていたのが何だったのか、そういった説明は一切せずに、親父はそれだけ言ってみんなを帰した。たぶんDには直接、教会の中で何か話したんだと思う。

その件は、それで終わった。その後何かあったか、というと、拍子抜けするほどに何もない。ただ、A兄が爺さんに、あの呪という地名のことだけは聞いたそうだ。

それによると、当時その一帯は呪(のろい)と呼ばれていたらしい。正式な住所・地名ではなく、通称のようなものだったらしいが、そこに住んでいた一族は番地のようなものまで作り、それぞれの家に呪1−1のような感じで表札にしていという。その一族が何で死んだのか、とか、そういう核心の部分は全くわからない。

ちょうど昨日、この話を書こうと思って久しぶりに親父と当時のことを話した。その時の会話で印象深かったことを、最後に書いとくことにする。

「結局さ、Dちゃんに憑いてたのは何だったの?」
「んー、まあ悪霊だ。下っ端だけどな」
「悪霊って、あんな○○山なんかにいるもんなのか…」
「いるよ。至るところにいる。そして俺たちを地獄へ引きずり込もうと狙ってる」
「引きずり込む…つまり取り憑いて殺すってこと?」
「いや、そんな効率の悪いことはしない。そんなことしなくても、人間はいつか死ぬだろ?放っておけば死ぬんだから、わざわざ殺す必要はない。奴らにとって、よっぽど恐ろしい霊的権威をもった人間じゃなければな」
「じゃあ、どういうこと?」
「神から離反させることさ。そうすれば地獄へ落ちる」
「つまり、人間をたぶらかして罪を犯させるとか、そんな感じか」
「まあそれもあるけど…。なあ、悪魔がやるもっとも典型的で、それでいて現状もっとも成功している人間への最大の攻撃って何か、わかるか?」
「最大の攻撃…? 何?」

「悪魔なんて、霊なんていない。そう思わせることだ。そうすれば、人は神を信じない。神から離れた人間ほど、狩りやすい獲物はないからな」

俺はそれを聞いてぞっとした。そんな人間、今の世の中腐るほどいるからだ。

「だから大事なのは、霊の存在を否定することじゃない。いないから怖くない、じゃなくて、いるけど怖くない。そう思えるようになったら、お前も半人前くらいにはなるだろな。まあ、別にお前に牧師を継げなんて言うつもりはないけどな」

以上が俺の体験ですよ。心霊現象としては、大したことは起こってないし、肝心のその一族に関することはほとんど分からず仕舞いw

ただ、実体験だし、キリスト教の細かなことについてはこのスレでもあまり話に出て来ないみたいだったから、まあ新鮮かなと思って書きました。仏教系のお祓いとか、そういうのは多いけどねここ見てる人の近所に、呪って地名があったりしたら面白いんだけど…どうだろう?

俺としては怖かった経験なんだが、知らない人が読んだら全然かもしれない。もしそうだったら&長文駄文スマソ
⇔戻る