生霊と共に

ちょっと前の話。

気持ちの整理がついたので、書き込んでみることにする。俺とS、二人で葛藤するよりも、みんなに知ってもらう事により少しでも楽になりたいと思ったから。

6年前…消防の頃からの幼馴染でもあり、元いた会社で偶然再会を果たしたSと飲みに行った。平日だが次の日はSが代休という事もあり、

「じゃあ、朝まで飲み歩くか!」

となった。ちなみに俺はただいま独立貧乏中。市営の安い100パーに車を止め、店までテクテクと歩く。

「S、そういえばこの間、電話出てやれなくてゴメンな。」
「あー、あの時な。ホントに大変だったよ。まぁ今も大変なのは変わりないけど、T(俺の名)だったら信じてくれると思ってな。」
「ん?怖い系の話しかぁ?」

Sの家系は俗に言う「霊媒体質」だ。現在はSの兄貴夫婦が継いでいる実家の仕事上、ソッチ系の話しのネタは尽きない。

俺も消防の頃の愛読書が「恐怖の心霊写真集」だった事もあり、根はオカルト大好き人間だったが、以前に付き合った彼女の影響や過去に住んでいたマンションでの出来事以来、興味のみで話に首を突っ込むのはやめていた。

だらだらとくだらない話をしながら店に入る。スーツ姿のサラリー二人が怖い話を神妙に始める…こんなこと普通の店で始めたら女の子達が皆引いちまうってな事で、入った店はいつもだったら朝方の一番最後に行くタイの店だった。

「今日は来るのはやいねぇー」

エーコが相変わらずの口調で話す。

「くぇrちゅいおぱsdfghjkl;zxcvbんm!」

なに言ってるかさっぱり分からん。

「歩言うytれlkjhgfd!」
「fghjうぇrtxcvbぬい!」
「ゆいあsdfvbんmdh!」

タイ語で何喋ってるかさっぱり分からない中、一番日本語が達者な子に俺だけ外に連れ出される。

「なんだ?お店でなにかあったのか?」
「Sさん、ちょと違うよ!なにかあたでしょ?」
「んなことないよ、いつもどおりだよ。」
「みんな言ってるよ、女の人いる!女の人いる!って」
「はぁ?おんなぁ?」
「そうよー、わたし分からないけど、みんなが女の人いる!って言ってるよ」
「訳分かんねーけど話の内容は分かった。Sに女が憑いてるのな」
「そう、おんなのひと…」

なんだかよく分からないまま再度店内に入り席に着く。

「T、早速終わったらアフターかよ?」

と、ニヤニヤしながらSが言う。

「んな話じゃねーよ・・・S!おまえっ!女が憑いてるらしいぞ!」
「わかってるよ…今日はその話をしようとしてたんだ…」

話の内容は、普通の感覚の持ち主だったら全く信じられないような内容だった。Sが家に帰り、スーツを脱ぎトレーナーに着替える。その後洗面所に行き手を洗いうがいをしていると、いきなり玄関が

「ガチャッ!」

と開く音がする。チェーンも外されているが家の中に人物がいた事は今まで一度たりとも無く、生身の人間の仕業ではないだろうとの事。チェーンではなく、2重ロック式のディンプルキーに変えたが結果は何ら変わらなかった。話は続いたが一番驚いたことは、Sはその女の顔を知っているという事だった。

「S、お前何でそのオバハンの顔知ってるの?」
「会ったことがある。しかも家の中でな。ベッドに入ろうとした時、いきなり寝室のドアを爪でこするような音がしたんだ。さすがにビビッた。そしたらドアがいきなり開いて、入ってこようとしたのがそのババァだった…無我夢中でドアを押さえながら蹴りいれたら、なぜかその時は命中して吹っ飛んだにもかかわらず、肘から先だけがドアの内側にへばりついてバタバタ暴れてた…あれは絶対人間じゃない」
「まじかよ…」

エーコと日本語が一番達者な子(名前忘れたから仮にタイ子とする)以外、俺らの席には女の子誰一人として着かず、結局閉店時間となってしまった。

「S、お前引っ越したほうがいいんじゃね?」
「あぁ、まぁ…な。T、もう少し飲まないか?」
「そうだな、明るくいくか?だったらエーコとタイ子誘うぞ!」
「あぁ、Tと暗く話したとこで結果変わらんからな、明るくいこっ!」

エーコとタイ子を誘い出し、開いている店を探す。さすがに平日だと見つからなく、カラオケBOXでも行こうか?なんて話していたところ、

「Sさんの家いってみる?」

とタイ子が言う。

「おいおい、タイ子おまえ話聞いてただろ?怖くないのか?」
「怖いよ!でもSさんは家に一人でもっと怖いよ!」
「S、どーするよ」
「別にかまわないよ、本気で言ってるのかな?」
「ホンキだよホンキですよー」

残り少ないタクシーを見つけ、Sの家に向かう。エーコとタイ子はかなりの上機嫌だった。今となって考えてみると、怖さよりも、男の一人暮らしの部屋に行く事が嬉しかったのかも知れないが。

Sの住んでいるマンションは、少し古いが何ら見劣りすることも無く、逆にうらやましいと思えるくらいのマンションだ。早速エレベーターにのり、8階で降りる。

「ここだよ」
「おぅ、夜中なのに邪魔してすまない。」

と、少々ビビリはいった俺。

「あぁ、いいって。俺はむしろ大歓迎だよ。エーコもタイ子もさぁどうぞ!」

玄関に入り、Sが鍵を閉めようとした瞬間、俺を見る。

「やばい…鍵がかからん…」
「下の鍵は?とりあえず半分ひねればドア全開にはならないだろっ!」
「分かってる…だめだ…びくともしない」
「俺に貸してみろっ!Sだからダメなのかもしれんっ」

Sをどかし、鍵に手を触れた瞬間!

…ドアノブが回った…

条件反射的にドアノブを押さえつける。

「絶対にいれねーぞ」

と心に思いながら、今思うと既に巻き込まれていたことも分からずに、ひたすらドアを押さえつけた。

「エーコです。あけてよー」

!?エーコだった。じゃあ…さっき部屋に入った、タイ子ともう一人は誰だ?ほかにもう一人がこの家にいる!俺は気が動転し、エーコの腕をつかみ無理やり抱き寄せた。Sが土足のままリビングに走る!

「こぉぉぉのやろーー!」

鍵など気にしている暇もなく、エーコを連れて慌ててリビングに向かうと、そこにはソファに座ったタイ子を後ろから押さえつけていた、そう、「女」がいた。

その女は多分50歳前後だと思う。ただ、なんとなく見覚えのある顔だった。無表情のそのおばさんは、タイ子を押さえつけながら俺ら?と言うよりSをずっと見つめていた。

何秒くらい互いに見つめあってただろう…俺はその間ひたすらこの女のことを考えていた。そもそも、タイの店でSに女が憑いてるって騒いでた時も、俺は女を既に「オバハン」だと決め付けていたし、今、目の前にいるそのおばさんはまさしく俺が思い描いていたとおりの顔だった。

ん?じゃあ俺も関係しているのか?この女はいったい誰だ?よく考えろ、だれだ?どいつだ?

Sがゆっくりと話し始めた。

「あんたは俺に何をしたいんだ?喋れるか?俺は落ち着いてるぞ。俺の人生27年間、物心ついたときからあんたの顔は知ってる。体はあるのか?生きてるのか?今日ではっきりさせよう。憑いてるのは俺個人か?家系か?」

エーコがタイ語でタイ子に話しかけるが、なんら反応が無い…

俺はずっと考えてた。こいつの顔をどこで見たのか?なぜ俺も知っているのか?どこで見たのか…!思いだした!ん?エプロン姿?作業着?なんだかたくさん思い出してきた。

やっと分かった。そう、エプロン姿も作業着姿も見覚えがあるはずだ。だって…

「T、おまえも知ってるはずだ。思い出したか?そうだよ、この女は俺らが通っていた保育園の先生だ…お前は途中から幼稚園に行ったけどな、俺はずっとその保育園にいたんだ。言ったはずだ、知ってるだろ?俺のティムポと尻と背中にスゲー傷がある事、保育園でこいつにやられたんだ。人間の体で入りやすい箇所3箇所だからな。事件後、園長と一緒に家にあやまりに来たとき、うちのじいちゃんはすげー顔してたぜ。分かるんだろうよ、なんせ拝み屋だからな。」

女の顔が歪んでくる…Sはさらに話し続けた。

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