生霊と共に

「T、お前は休日出勤ほとんどしなかっただろ?見覚えないかも知れんが、うちの会社で使ってる清掃業者の中にもこの女は紛れ込んでたんだ。一瞬チラっと目があってな。俺は全てを思い出し、即効家に帰ったよ。

休み明けに会社に来てみると、トイレに俺の事がいっぱい書いてあった。覚えてるだろ?ぜんぶこいつだ。H部長にある程度の訳を話し、この女はその会社をクビになったそうだがまだまだ続くんだ。

実家の玄関に効きもしねぇ札貼ったり、家の前を何往復もしながら呪唱えていやがる。しかもよっぽど俺は恨まれているのか、こいつ自身に跳ね返りがくるぐらいの強烈なやつよ。」

「まだまだあるぜ!消防の頃、校門前にチラシ配ってる変な女いたの覚えてるか?ちっちゃい子達が怖がっちゃって、先生達が追い払った奴。それもこいつだよ。授業参観のとき奇声を発しながら廊下を歩いてたのも、体育の授業中ずっと影から覗いてたのもこいつだ。かんけーねぇ卒業式まで参加しやがった。さぁ、何が知りたい!何が望みだ!話してみろ!話せ!」

タイ子がとうとう堕ちた…力が抜けきったようにダラッとなり、失禁する。エーコは怖いのか、小声で何か言いながらずっと俺にしがみついたままだった。

女はSを見つめたまま動かない。

やがて、女の目線がゆっくりとタイ子に移った。一瞬俺らのほうを見た後、ニヤっと笑い薄くなってきて…消えた。

「T、ありゃあ生霊だ。もう少し続くぞ。」
「もうかんべんしてくれー。あの女、確かに覚えてるよ。ありゃあ変質者って言うよりも、Sだけを狙ってたのか?」
「あぁ、消防、厨房どこまで俺の事見てたのかは分からんけどな。ただ、あの女は先長くねーぞ。Tも見たしタイ子もエーコも見たし。本来なら俺だけに見えてなくちゃおかしい。失敗だな。奴にはキツイ返しが待ってるぜ。」

タイ子を横に寝かし、3人で今後について話した。正直言うと、俺はその時ホッとしてた。あのおばさんはSを狙ってるみたいだし、Sじゃなかったとしてもとり憑くのはタイ子のような気がしたから。

エーコがポツリポツリと話し始めた。

「女の人、タイ子に入ってるよ。ちがう?Sさん、ちがう?」
「エーコ、とりあえずタイ子はここに泊まらせる。明日みんな暇か?実家に行って、親父にお払いしてもらおう。T、エーコ、それでいいな。」

と、S。

「そうだな、Sのおやじさんだったらなんとかしてくれるんじゃね?」
「たぶん、な。」

結局みんなSの家で夜を明かす。

朝、起きて気がついてみると、エーコとタイ子がいない事に気づいた。俺より先に起きてたSに訳を聞く。

「タイ子がエーコを起こしてたんだ。T、お前のいびきがうるさくてあんまり聞こえなかったけど、エーコは多少嫌がってたようにも聞き取れた。俺は聞き耳をたてながら様子を伺ってたけど、タイ子には多分ばれてる。あぁ、エーコの言うとおりだ。奴は多分タイ子の中にいる。生霊にもかかわらず!だ。」
「あぁそうきたか、やっかいな事になっちまったな。S、今からタイ子に知らないフリして電話してみるわ、俺。」
「そりゃあ無理があるんじゃね?・・・とは言っても、今はそれしか方法ねーよな。」

タイ子に電話をかける…

「はい!Tさん、昨日ありがとう。助かったよ!エーコに聞きました。」

と、タイ子。

「そっかー、よかった。どうだ?体はなんともないのか?」
「へーきよぉ、元気よー。」
「エーコもそっちいるの?」
「!!エ・エ・エーコは今いないです。買い物行ってます。」

タイ子が一瞬あせったような気がした。でも、いつもどおりの口調で話すタイ子にすっかり安心した俺は、エーコを抱きよせたまま眠ってしまった俺から無理やりエーコを離し、連れて帰ってしまった事を気にしているのかな?なんて事しか思い浮かばなかった。

「タイ子さぁ、今日暇?昨日タイ子が寝てたときに3人で話したんだけどさ、一度Sのお父さんのところに行こうって事になったんだ。タイ子も行くだろ?」
「わたし今日お店。無理です。エーコも無理です。」
「ん?エーコは行くって言ってたぞ。」
「はい、でも今は無理って言ってました。」
「そっか。いつ行ける?はやいほうがいいな。」

タイ子の携帯越しにもう一台の携帯が鳴った。

「Tさん、あとでね。またあとでね。」

と、タイ子はいきなり電話を切ってしまった。

「S、エーコは今買い物行ってていないってさ。タイ子は結構普通だったよ。まぁ大丈夫なんじゃねーの?」
「T、お前が話してる最中にエーコに電話してみたんだけど、でないぜ。」
「!!電話切った時、タイ子の後ろで携帯鳴ってた…」
「!!Tはタイ子の家知ってる?」
「知らん…」

俺はSとこれからについて話し合った。出た結論は、とりあえずSの親父のとこにはSと俺の二人で行くこと。帰ってきたらエーコとタイ子のいる店に今日も行くことだった。

足取り重く、少々気が引けながらもSの実家に向かう。なんせSの親父はとてつもなく恐ろしい人だ。消防の頃Sの家に行った時なんか、Sが板っぱちでバシバシ引っ叩かれてる最中にお邪魔しちゃったもんだから大変だった。

「T!お前もかぁ!つまらんもの拾ってくるからこうなるんだぁぁぁ!座れ!」

バシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシ…

何度引っ叩かれたか分からない程引っ叩かれた記憶がある。家に半べそかきながら帰り、親父に言ってSの親父に文句言ってもらおうとしても、うちの親父はなにもしなかった。逆に

「ご面倒お掛けしました」

なんて謝ってたくらいだ。まぁ今となっては多少分かる。Sの親父が言ってた、

「つまらんものは拾ってくるな!」

とは、

「つまらんもの憑けて来るな!」

と言う意味なんだろう。背中をバシバシ叩かれたのも、俺とSとSのお母さんと3人で「折り紙」と言いつつもハサミでチョキチョキしながら「やっこさん」、今となって人型だと気づいたが、それをたくさん作ってたのも全てはS(俺含めて)を守るためだったのかな?なんて今は思ったりもしている。

んなもんだから、信用、信頼はしているが…なんせ怖い。27にもなって、怖い。

「ただいまー」
「ご無沙汰してまーす。」

Sと俺、玄関に入る。

「おぅ、そろそろ来る頃だと思ってた。行ったか?おまえんとこに行ったのか?」

と、親父さんがニヤニヤしながら話し出す。

「いつも来てたよ。でもとうとう昨日ホントにきやがった。Tと、飲み屋の女の子二人巻き込んだ。」
「T君はまぁしゃーないな。女の子は?」

おいおい…俺は家族じゃねーよ…

「正直言うとやばい。憑かれたかも…」
「そうか。で、その女の子は?」
「ばっくれた」
「!!馬鹿やろぉ!!なにが「ばっくれた」じゃ!つまらん言葉使いおって!T!お前もそんな言葉使っているのかぁ!」

怒るとこちがうだろ?と思いつつ、

「まぁ、ははは」

などと話を逸らす。

昼飯を食べながら、色々な話をした。結局、親父さんの話だとSと俺は昨日のようなやばい状態には感じられないとの事だった。さらに言われたことは、早急に女の子二人を連れてくること、引っ越したとこでSにしろ、タイ子・エーコにしろ、なんの対策にもならない事だった。帰りの玄関で靴を履いている最中も親父さんは話し続けた。

「生霊は成仏せんからな。まだこれからも続くだろうよ。主が納得するまで続くし、納得してもしまいかたが分からん人もいる。そうなると厄介そうだが、実はそんな厄介ではない。既に害は無いし、他に興味が移れば移るほど自然に消え行くからな。ただし今回はちがうだろうよ。見てみないとなんとも言えんが、まぁ、はやく女の子二人を連れて来い!とにかく早く!な。」
「分かった。」
「はい分かりました!」

Sと俺。

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