風情、のち恐怖

当時、私は16〜17歳でした。私は京都に住んでおり、私たちの友人の間では夏休みを利用してあるバイトが恒例になっていました。それは仲間内で『天国のバイト』と呼ばれており、とあるさびれた駅の駅員のバイトです。今もあるので、固有名詞は出さないでおきます。

持ち場は全部で3箇所あり、そのどれもが1時間に3本程、観光客を運んでくるのみで、その前後5分以外はクーラーの効いた駅員室で漫画を読んだり、ゲームをしたり、宿題をやったりと、好き放題でした。それが『天国』と言われる所以です。

他の駅員は、定年退職し、職場を求めた嘱託のおじいさんばかりで、

「今日はなんやしんどいですわぁ」

などと言うと、孫ほど離れた私たちが可愛いのか、嘱託さん達は

「それじゃあ宿直室で寝てきたらどうや?」

なんか言ってくれるほどヌルイバイトだったのです。

それほど美味しいバイトが一般に募集されるはずもなく、このバイトは自然に毎年、○○高校在学の生徒で埋め尽くされていました。バイトをしている者は3回目のバイト、つまり3年を迎えると、次の年そのバイトに入れる「選ばれた人」が一年から数人選出され、代々途切れることなく続いてきていました。

当時のバイトメンバーは、U君、K君、N君、Y君、M先輩、私の計6人。全員男です。M先輩のみ3年で、残りの5人は2年。その年、1年生はいませんでした。

この出来事は、このバイトに直接関係ありませんが、このバイトをしている環境が問題でした。全国的にもその周辺は自殺が異様に多く、嘱託の人たちから怖い体験話を聞かされたりしたものです。自殺した遺体が毎年必ず数体は発見されますが、その発見者はほとんど早朝から出勤する嘱託の方々。私たちは8〜9時頃からの勤務ですので、幸いそういった現場には出くわしませんでした。

ある暑い日、私たちはそのバイトを終え「お疲れ会」を開くことになりました。お疲れ会というのは、別段変わったことじゃなく、単にバイト後にみんなで雑談するだけのものです。バイトは2シフトで終わるのが19時と23時の2種類。お疲れ会に参加したいけど、早番だという場合は4時間ほど持ち場でヒマを潰して遅番の終わりを待つのです。その日は珍しく、6人全員が参加しました。

「オレは今日参加しようかなー」

というのが残り2人にも波及して、

「じゃあ何もないからオレも」

という風に、早番全員が残っていました。

お疲れ会の場所は日によって異なりますが、その日は

「風情があるやろ」

ってことで、2本の川が合流し、1本の鴨川になる中州に下りて行うことにしました。

中州に下りるには、2本の川に掛かった2つの橋の間から川べりへと石段を降りていくと着きます。左右を川がサラサラと流れた砂利の上で座り、いろんな雑談をして楽しんでいました。K君とN君、それからM先輩はお酒が好きで、近くのコンビニで缶ビールも買い込み、少しだけ飲めるU君は付き合い程度、全く飲めない私とY君はジュースで、といった具合でした。

当時、携帯というものはまだ限られたビジネスマンが車の中でだけ使う高価なもので、普及していたのはポケベルとPHS。今の若い方々は知らない方も多いかもしれません。

基本はポケベルで、中にはピッチPHSを持って、ベルと共用している人もいる、そんな時代です数字だけが入るポケベルから進化して、その当時は短いカタカナを送ることができました。街の公衆電話では、女子高生が高速でメッセージを打ちまくる光景をよく目にしました。11はア、15はオ、21はカ、といった具合に入れるのです。

川原で飲んでいた6人もそれぞれポケベルやPHSを持っていました。

皆が談笑しているとき、M先輩のポケベルが鳴り出しました。他の皆は大して気にすることもなく、話を続けていると、

「あれ?誰やろ…」

M先輩が言いました。

「どうしたんすか?」

誰かが尋ねると、M先輩が自分のポケベルを私たちに見せてくれました。

【ドコニイルノ】

それを見た誰かが冷やかします。

「またぁ〜、誰やろって、それはオレらが聞きたいですよ〜」

とニヤニヤして言います。

「いや、ホンマ心当たりないし!」

とM先輩が言った瞬間、手に持ってこちらに見せていたベルが再び鳴りました。確認するM先輩。訝しげな表情を浮かべ、私たちに見せます。

【ワタシモイレテ】

「どこって聞いておいて、入れてって何やねん。意味分からんわ」

とM先輩。

「彼女ちゃうんすか?」
「いや、彼女おらんのん知ってるやろ」

その時は大して気にも留めず、また雑談を再開しました。数分して、また鳴るM先輩のポケベル。

「もぉ〜〜〜誰やね〜ん…」

と、また私たちに見せてくれたベルには

【ナイノ】

と。全員

「はぁ〜?」

と苦笑していました。

すると、今度もすかさずもう一度ベルが鳴り、

【ドコニアルノ】

「どこにいる、の次はどこにある、か…」

M先輩はわけが分からない様子で、呆れて鼻で笑っていました。ところが、ポケットにしまいかけた時、また鳴ったベルを見たM先輩は一気に青ざめたのです。

「…次はなんすか?」
「…どうしたんです?」

興味津々に聞く私たちに、M先輩は何も言わずにベルを見せてくれました。

【ワタシノアタマガナイノ】

と、ありました。

皆に見せた後、M先輩はいきなり怒り出しました。

「ちょ、お前ら。オレが霊感強くてこういう冗談いっちばん嫌いなん知ってるやろ!」

驚く私たち5人。

「誰やねん!こんなふざけたん入れたヤツ。ちょーもうええし、ホンマやめろや」

まで言った時、またベルが鳴りました。M先輩の真剣さと、もしかして霊的なことなのかという驚きで5人も押し黙ってM先輩が確認する様子を見守ります。確認したM先輩は「ハッ」とひきつった笑いをすると、M先輩はまた見せてくれました。

【アソボウヨ】

見せながら

「誰や」

とM先輩は問い質します。

「お前ら、ピッチ(PHSのこと)持ってるやろ。それでこれを入れてるん分かってんねん」

そう言うと

「とりあえず全員ピッチここ出せ。発信履歴見るわ」

と言い出しました。

PHSからメッセージを送るには、メッセージセンターに電話を掛けなければいけないので、発信履歴を見ると確認できるのです。

「オレちゃいますよ…」

と皆口々に言いながら、砂利の上にPHSを出していきます。全員が出し終わって、2〜3人目のPHSをM先輩が確認し、

「お前もちゃうな」

と言った時です。またベルが鳴ったのです。全員のPHSがその場に出されているわけですから、その時点で全員の無実が証明されましたが、同時に何やら気味の悪いメッセージがこの6人以外から入ってきていることも証明されました。

「え…」

と言ってゆっくりM先輩はベルに再び目をやります。真顔で差し出してくれました。

【アタマサガシテ】

口々に皆気持ち悪がり、

「誰のいたずらか知りませんけど、なんや怖いっすねー」
「うーわ、めっちゃ怖い!」
「霊や、霊や」
「ほんま誰やね〜ん」

と少し興奮しつつ、6人が出した答えは「他の場所に移動する」でした。川の近くで、あまり人気が無かったからという怖さも大きかったからです。

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