投稿者:うなじ

タイトル:セミ捕り
僕は霊が見える。しかし、見える年とそうでもない年がある。おそらく、霊感の強い人ならわかっていただけると思う。これは、僕が初めて霊という存在を信じるきっかけになった出来事だ。

もう15年以上前の話だ。小学生の時、僕は、3つ上の姉と習字教室に通っていた。習字教室と言っても、個人の自宅で教えている小さなものだ。女性の先生で、とても優しく、祖母のいなかった僕にはまるで祖母の様な存在だった。

先生の自宅はお寺だった。正確に言うとお寺の敷地内に一戸建ての自宅があった。しかし、お寺の境内は通らずに裏から出入りしていたので、あまりお寺だというイメージはなかった。

夏休みのある日、僕は姉と2人で先生のところに来ていた。理由はあまり覚えていないが、確か何かを母に持たされ、それを届けに行った気がする。麦茶とスイカを出してもらって食べていると

「セミがたくさんいるから捕りに行ったらどうね?」

と先生がすすめるのでそうすることにした。

境内のほうに行くと、なるほど木が生い茂っており、鳴り止むことのないセミの声が耳の底に響いた。

姉が飽きて家に帰った後も、僕は木に登ったり走り回ったりしていた。そうしているうちに、日も落ち始め、僕は汗だくになっていた。

びっしょりになったシャツと虫かごにはたくさんの様々な虫。先生は、あらまぁと言うと、

「風邪ひかんごと風呂入っていきなさい。」

と僕の汗だくシャツを剥ぎ取り、風呂に連れて行こうとする。僕は正直嫌だったが、抵抗もせずについて行った。

先生は僕を裸にするとシャワーを浴びせようとした。僕は恥ずかしくなり、一人でできるからいい、と先生を追い出した。

家の風呂より大きいな、などと考えながら、シャワーでお湯を浴び、湯船に入ろうと蓋を開けようと近づいた瞬間。



ゾクッっ!



背中に悪寒が走った。今ならわかる。霊が来た時のあれだ。寒くないのに、背中に鳥肌がたち、冷たい手がまとわりつくようなあの感覚。当時はわけもわからずに、とにかく湯船に入ろうと蓋を開けた。

お湯は入っていなかった。おかしな話だ。風呂に入れと言われたはいいものの、お湯が無い。仕方がないのでもう一度シャワーを浴びようと思い蛇口をひねった。その時はもう悪寒は感じていなかった。

一瞬の間があり、水が出てくる。次第にお湯になる。手で温度を確かめているとまたゾワッと悪寒がした。しかも今度はとんでもないものが一緒だった。脱衣場に誰かがいる。僕は先生だと思った。

「先生?お風呂ないよ。」

僕は先生だと思って話しかけた。しかし返事はなく、微妙な動きをしているだけだ。例えるなら、ビデオの再生と巻き戻しを繰り返しているような。幼いながらも恐怖心を持った僕は何故だかわからないが、すりガラス状のドアにシャワーのお湯をかけた。理由などなかった。本当に無意識にやった。

すると、僕が先生だと思っていた誰かは巻き戻しをやめ、こっちに来たように見えた。えっ?と思う暇もなくドアから足が出てきた。すぐに体、顔…。全部来た。

ぅわっ!!

と言う声が出た。

その人は見た目は普通だった。少しハゲたおじさんといった感じだ。おかしな点は歩き方、そして目だった。後ろ向きに歩いているのに前に進んでいるような…、説明は難しいがムーンウォークの逆。とにかく奇妙だった。それから、目は真っ白だった。どこを見ているかわからなかった。でも、僕が声を上げたとき、ちらっとこっちを見た気がする。

そのおじさんは浴槽の方には進まず、僕のいた鏡の前で消えた。すーっと消えるとかじゃなく、一瞬でパッと居なくなった。 その時は恐怖より驚きの方が強く、パニックになるでもなく、泣くでもなく、普通だった。

せんせぇ〜!

と声を上げるとバスタオルを持った先生が来て体を包んでくれた。無性にほっとしたのを覚えている。

「先生、おじさんが来て消えたよ」

そう言うと先生の顔が変わった。そして、少し悲しそうな顔で、あらまぁと言った。

その後、先生の旦那さんに会わされた。今でもお世話になっている人との最初の出会いだ。もちろんお坊さんだ。その時は袈裟など着ておらず、僕はツルピカハゲまるだ!と、こっそり笑った。

先生は何かぼそぼそと伝えると、旦那さんは僕をじっと見て、大丈夫!と言うと、僕のスポーツ刈りの頭をがっと掴んで、御先祖様が立派やけ、心配いらん!とグリグリしながら笑った。本当に痛かった。

変なシャツを着させられ、パンツなども履かされ、玄関に行くと母が迎えに来ていた。先生と母が話しているので、外に置いてあった虫かごを取りに行った。虫は全部死んでいた。

この一件から今まで、ずいぶん多くの霊体験をしてきた。これ以前にも覚えてはいないがあったらしい。母は変なことを言っているな、と思っていたと、後から聞かされた。

幸い、憑かれたりしたことはない。どうやら御先祖様が立派だから心配ないと言うのは正しかったようだ。普段は酒好きなおっさんで、胡散臭さ満載だが、そういった霊的な事柄に関しては信頼している。

つい先日、先生の三回忌があった。先生は癌で亡くなってしまった。僕はどうしても行けなかったんだが、お盆には実家に戻り、墓参りをしてくるつもりだ。
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