鏡
〜後編〜
揺さぶられて目が覚める。Coloさんのマンションの一室だった。みかっちさんが目の前で机につっぷしているColoさんを続けて起こそうとしている。
俺は覚醒しきれない頭で、状況を把握する。熟考するまでもなく、夢を見ていたらしい。思わず腕時計を確認する。12時過ぎ。もちろん右手にはめている。ひどい夢だった。
すべてはColoさんの予知夢だった、という設定らしい。確かにColoさんは異常に勘がするどく、その勘の元になっているのはエドガーケイシーのような予知夢だと、師匠に聞いたことがある。
その話が原因で、こんな変な夢を見たのか。ばかばかしいではないか。だって今のは、Coloさんの見る夢ではなく、この俺の夢だったのだから。
「うーん」
という声とともにColoさんが頭をイヤイヤする。みかっちさんが無理やりその頭を揺さぶりながら、言った。
「おきろー。鏡占いに行くんでしょ」
その言葉を聞いて、俺は背筋に冷たいものが走った。いや、待て。俺が寝ているときにきっとそんな話になったのだろう。それが浅い眠りに入っていた俺の夢の表層に現れたにすぎない。
「あー、そうだっけ」
眠そうに頭をあげるColoさんを見て、俺は思わず言った。
「いや、俺もう帰りますし」
みかっちさんは
「えー」
と言って、不満を口にしたが取り合わなかった。Coloさんは瞼をこすりながら、俺をじっと見ていた。
「なにか」
とドキドキしながら言うと、
「なんだっけ」
と首を捻っている。
「あ、そうだ」
そう言って、Coloさんはみかっちさんに何か耳打ちをした。するとみかっちさんは鼻で笑いながらPHSを取り出し、ベランダに出ながらどこかに掛けはじめた。1、2分の後、みかっちさんはPHSに向かって何事かわめきながらベランダから戻ってきて、慌しくColoさんの部屋を飛び出していった。
呆然とする俺の前で、Coloさんが無表情のまま欠伸をひとつした。
結局その日は家に直帰し、なにごともなく一日が終わった。後日、Coloさんの彼氏でもあるオカルト道の師匠のもとへその出来事の話をしに行った。気になってたまらなかったからだ。
一通り話を聞き終えると、師匠は唸りながら
「巻き込まれたな」
と言った。以前、師匠からColoさんの体質について聞いてことがあったが、そのとき
「寝ているところをみせてやりたい。怖いぞ」
というようなこと言った。まさにその「怖い」現象に巻き込まれたのだと言う。
曰く、Coloさんは浅い眠りに入ったときに予知夢としかいいようがない不思議な夢を見る。その夢は目が覚めたときは覚えていない。ただ、ときどき日常生活の中で、それを「思い出す」のだそうだ。それも、まだ起こっていない未来を、思い出すのだ。
無理に思い出そうしても思い出せない。どういう基準で思い出せるのかもよくわからない。しかも、まれにノイズとでもいうべきハズレが存在する。その原因もわからない。
師匠はColoさんと一緒に寝ているとき、そのColoさんの見る予知夢を同時体験してしまったことがあるという。自分が予知夢の登場人物になって思考し、行動し、その体験が目覚めたあとも自分の意識にそのまま繋がっていた。そしてその内容をColoさんは覚えていない。
同じだった。今回の俺の体験と。「巻き込まれた」とはそういうことなのだ。師匠が見た夢のことは詳しく教えてくれなかったが、「口にしたくないほど恐ろしかった」そうだ。
「僕以外で、巻き込まれた人ははじめてかもしれない」
師匠は変なことに感心している。
「それにしても面白いな。『困難の正体が映る鏡』を見に行って、いつのまにか自分自身が鏡の中にいたっていうのか」
あれは不思議な感覚だった。予知夢だかなんだか知らないが、そんなことはありえないと思う。あるいは、たまに外れるという『ノイズ』にあたる部分なのかも知れない。
- 「1.鏡の向こうの俺に危険な人影が迫っている
- 2.こちらがわにはその人影は存在しない
- 3.今思考している俺は鏡の中の人物である
- 4.鏡の向こうが本当の世界である」
師匠はボソボソとそう呟いた。
「つまり、『いないはずの人影が鏡の中にだけ映っている』という最初の恐怖は、さっき挙げた君の4つの認識によって、『いるはずの人影が鏡の中に映っていない』と変換されたわけだ。夢の中で自分が鏡の中にいるという自覚が、いったい何を象徴しているのか、フロイト先生なら何か面白い解釈をしてくれるかも知れないが。ともあれ少なくともここには、ある非常に興味深い暗示が含まれている」
師匠はニヤニヤしながら、
「こんな言葉をしっているか」
と言って続けた。
吸血鬼は、鏡に映らない。
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