超能力
すると師匠が
「困ってるねえ」
と嬉しそうに口を出してきた。
「そこで、一つヒントをあげよう。君がもし、透視能力、もしくはテレパシー能力の持ち主だったとしたら、どうする?」
きた。また変な条件が出て来た。予知能力という仮定の上に、さらに別の仮定を重ねるのだから、ややこしい話になりそうだった。
そんな顔をしてると、師匠は
「簡単簡単」
と笑うのだった。
「透視ってのは、ようするに中身を覗くことだろう? だったら再現するのは簡単。箱の横っ腹に穴を開けて見れば、立派な透視能力者だ」
ちょ、そんなズルありですか、と言ったが
「透視能力ってそういうものだから」
そっちがOKなら全然構わない。
「テレパシーの方ならもっと簡単。入れた本人に聞けばいい。頭の中を覗かれた設定で」
なんだかゲームでもなんでもなくなってきた気がする。
「で、僕は超能力者になっていいんですか?」
「いいよぉ。ただし、透視能力か、テレパシーかの2択。と言いたいところだけど、テレパシーの方は入れた本人がここにいないから、遠慮してもらおうかな」
本人がいない?嫌な予感がした。
もしかして、彼女が絡んでますか?と問うと頷き、
「僕も中身は知らない」
と言った。
俺は青くなった。師匠の彼女は、なんといったらいいのか、異常に勘がするどいというのか、予知まがいのことが出来る、あまり関わりたくない人だった。
「本物じゃないですか!」
俺は目の前の箱から、思わず身を引いた。ただのゲームじゃなくなってきた。
仮に、もし仮に、万が一、百万が一、師匠の彼女の力がたまたまのレベルを超えて、ひょっとしてもしかして本物の予知能力だった場合、これってマジ・・・?
俺は今までに、何度かその人にテストのヤマで助けてもらったことがある。あまりに当たるので、気味が悪くて最近は喋ってもいない。
「さあ、透視能力を使う?」
師匠はカッターを持って、箱Bにあてがった。
「ちょっと待ってください」
話が違ってくる。というか本気度が違ってくる。予知能力が本物だとした場合、両方の箱を選ぶという行為で、Bの箱の中身が遡って消滅したり現れたりするのだろうか?
それとも、俺がこう考えていることもすべて込みの予知がなされていて、俺がどう選ぶかということも完全に定まっているのだろうか。
「牛がどの草を食べるかというのは完全には予測出来ない」
という、不確定性原理とかいうややこしい物理学の例題が頭を過ぎったが、よく理解してないのが悔やまれる。俺が苦悩しながら指差そうとしているその姿を、過去から覗かれているのだろうか?
そして俺の意思決定と同時に、箱にお金を入れるという、不確定な過去が定まるのだろうか?その「同時」ってなんだ?
考えれば考えるほど、恐ろしくなってくる。人間が触れていい領域のような気がしない。渦中の箱Bは何事もなくそこにあるだけなのに。
そしてその箱を、選ぶ前に中を覗いてしまおうというのだから、なんだか訳がわからなくなってくる。俺は膝が笑いはじめ、脂汗がにじみ、捻り出すように一つの答えを出した。
「Cどちらも選ばない、でお願いします」
師匠はニヤリとして、カッターを引っ込めた。
「前提が一つ足りないことに気がついた?片方を選ぶ場合はそれぞれにお金を入れ、両方を選ぶ場合はAにしか入れない。じゃあ、どちらも選ばないと予知していた場合は?」
決めてなかったから、僕もこの中がどうなっているのか分からないんだなぁ。師匠はそう言いながら無造作に二つの箱をカバンに戻した。
俺はこの人には勝てない、と思い知った。
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