物怖じしない藤原君

クラスメイトの藤原君はヤバイくらいおかしい。それが当たり前になってきた冬のある日、学校帰りに藤原君の家に初めて遊びに行った。

藤原君は駅から徒歩30分、目の前が神社、裏手が作業中に死人が出て潰れた廃工場という立地条件最悪なアパートで16のときから一人暮らしをしているらしい。理由は教えてくれないが、藤原君から家族の話を聞いたことがないのからして16から一人暮らしをする裏には、なにやら複雑な事情がありそうだ。

そんな余計な詮索をしつつお邪魔した藤原君のお宅。入った瞬間俺は

「藤原君、よく生きてるね」

と言ってしまった。何故なら藤原君の部屋は、驚くほど悲惨だったからだ。ペラペラになったせんべい布団と、段ボールのテーブル、やけに古い型の電話に、何も入らなそうな小さい冷蔵庫と、着替えが入っているのであろうこれまた小さなカラーボックス。そして部屋の四隅に盛られた塩と、玄関の戸棚に置かれたやたら立派な気持ち悪い日本人形。いかにも藤原君らしいが彼が人間らしい生活ができているのかは疑問だ。しかし彼は構うことなく俺を部屋に入れ、 粗茶ですが、などと上品ぶりながら炭酸の抜けたコーラを出してきた。

取りあえず俺はコーラを有り難くいただきながら藤原君と会話を楽しんだ。というかあまりにも物が無さすぎて他にすることがなかった。

そんなとき不意に、インターホンが鳴った。

「ピーンポォオォ〜ン」

と真の抜けた音が部屋に響く。しかし藤原君は立ち上がらない。

「行かないの」

声を掛けるが、藤原君は首を振る。

「行きたきゃ行けよ。僕は知らない。」

それではあまりにも失礼だ。宅配の人とかだったらどうするんだよ。とブツブツ文句を言いながら僕は仕方なく立ち上がり、除き穴を覗こうとした。

そのとき。



ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



激しくドアが叩かれた。ヘコんでしまうくらいに強く。

「藤原君!!!!!!ちょ、これ、何!!!!」

俺は藤原君に声を張り上げた。しかし藤原君はあくびをしながら

「君は本当にビビりだな。ユーレイとかじゃないから安心しろよ。生身のニンゲン。」

それが逆に厄介だけどね、と藤原君は笑った。

俺はどうしてよいのかわからず、思わず覗き穴を見た。好奇心もあったのかもしれない。しかし即座に後悔した。

「うわあぁぁあぁっ!!!」

俺は叫びながら覗き穴から目を逸した。

覗き穴の向こうには、ベコベコにヘコんだバットと、やたらでかいハサミ…立ち枝切りハサミってやつだろうか、それを持って立っている男がいた。その顔はニタニタ笑っていてヨダレをたらし、迷彩柄のパーカーにはヨダレの跡が染付いていた。目は片方が真っ白くて、(恐らく失明かなにかしたんだろう。)もう片方は血走っていた。

そして、またドアに衝撃が走る。グギャッとか、ベコッとか嫌な音がする。俺は半泣きになりながら藤原君にしがみついた。

「何あれ何あれ何あれ何あれ!!!!!どうすんの!!!殺されるよ俺達!!!警察は!!!???」
「残念ながら僕は携帯も固定電話も料金未納止められてるんでね」
「あーもう死ねよ藤原君!!!てゆうか死ぬよ!!!!!」

俺は本気で命の危険を感じていた。まずあんなやつがいるのにどうやって外に出ろと言うのか。そして、残念ながら俺も携帯を家に忘れていた。

このままじゃ死ぬ。本当にそう思った。でも藤原君はさして気にする様子もなく、

「いつものことだから気にするなよ。朝にはいなくなってるから。」

と言うと、寒い寒いと呻きながらせんべい布団に入ってしまった。どこまでおかしいんだろうこの友人は。

相変わらずドアはベコベコ言ってる。男もドアの向こうにいるのだ。だけど藤原君は気にしないで寝てしまった。怖くて外にはもちろん出られない。となれば、俺も寝るしかないではないか。俺は藤原君の布団に無理矢理入り込み、狭い、と言って蹴ってくる藤原君を無視して恐怖に震えながら、再び目を開けられることを願って眠った。

目が覚めて朝になると、音はもうせず、覗き穴の向こうにも誰もいなくなっていた。藤原君はボサボサの髪をぼりぼり掻きながら、

「な?ユーレイなんかより、ニンゲンのが怖いだろ?」

と笑った。俺は、ユーレイなんかより、ニンゲンなんかより、あの気が狂いそうな日常をまともに生きてる藤原君が怖かった。

取りあえず、二度と泊まりには行かない。
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