乗っ取り

そのアパートが出来た頃は入居率も高く、満室だったそうです。ある日、1階のある部屋の女性が大きな事件を起こしました。

その女性は独身で単身入居のようでした。その女性が入居してから数ヵ月後の深夜に、このアパートの住人の全てのドアをけたたましく叩き、

「私の主人を知りませんか?」
「どこかに隠しているんでしょう?」

と詰め寄ったそうです。

アパートの住人は、変な人だと思いあまり相手にしなかったそうですが、毎夜続く為、管理会社に通告して強制退去の手続きをしたそうです。

管理会社が退去の勧告をしに女性の部屋に向かったのですが、そこには誰も居ませんでした。結局そのまま女性は行方不明、部屋は荷物を業者に処理して貰いそのまま貸し出すことになったのです。

私がその部屋に入居した日、随分と周りの人に注目されていた様に思う、その時は気にも留めなかったが、今思えば同情されていたのだろう。住み始めてから一週間ほど経った頃、それは突然聞こえてきた。

その日、私は部下のミスのフォローに追われろくに食事もとらぬまま、書類の束と睨み合いを続けていた。仕事に一段落ついた頃には気付けば深夜一時を回っており、当然だが周りには誰も居なかった。

既に終電もないような時間ではあったが、最近借りたあのアパートあれのおかげで余計な出費をせずに済む。やはり思い切って引っ越して正解だったな、と心底思う。

疲れた体で夕飯の支度もなかろうと、その日はファミリーレストランで軽食をとり、さらにコンビニエンスストアで週刊誌を買い帰宅する。

我が家に到着だ、やはり住処が仕事場に近いというのは素晴らしい。

「ふぅ・・・・」

ため息を一つ吐きながら玄関に上がりこむ。



「お帰りなさい」



一瞬何が起こったのか判断できなかった。部屋は暗い、出掛ける時に明かりを消していったのだから当然だ。私は独身で部屋の鍵を誰かに渡した覚えもない。

私が立ち尽くしていたのは、数秒か、それとも数分だろうか。落ち着く為になんとはなしに腕時計に目をやる、暗くてよく見えない。

そうだ、まずは明かりをつけなくては、部屋の明かりをつける為にスイッチに手を伸ばす。何事もなかったかのように光は部屋を照らしいつも通りの私の空間が姿を現した。

何もない、誰も居ない。本当にいつも通りだ・・・

だが、今の私にはそこがまるで断頭台であるかのように見えた。確かに聞こえたのだ、女性の声が・・・

怯えながらも布団に包まり、硬く目を閉じて何度も気のせいだと自分に言い聞かせながら眠りについた。朝を迎えはしたが全く睡眠をとった気がしない。私は疲れ果てていた。

その時から稀に帰りが遅くなると、玄関で声を聞くようになった。何度目かで耐え切れずに、管理会社にも話を通したが反応は思わしくない、一度立会いには来たものの異常がないと見るや

「ただの音の反響でしょう」

と呆れたように帰って行った。

当然と言えば当然なのだが・・・

一ヶ月ほど経っただろうか、その頃になると私は背中に痒みを感じるようになった。最初は汗疹か何かと特に対処せずにいたがそれが全身に広がるにつれ痒みが痛みに変わっていった。医者に相談するも原因は分からず抗生物質と塗り薬を処方されその場を凌ぐ日々が続いた。

自分は無神論者ではあるが、事ここに至っては、あの部屋に居る事が原因なのではないかと思い始め、とうとう解約するに至った。これで来月の末には退去する事ができる。

私はその日、久しぶりに安堵感に包まれながら夜を迎えた。全ては終わった、この部屋さえ出てしまえばまたいつもの日常に戻れるのだ。

退去する日も近くなり私は仕事が終わってからアパートに住んでいる人たちに菓子折りと包丁を隠し持って挨拶に行くことにした。

隣室の人は事情を話した瞬間、ああやっぱり、と言うような顔で頷いた。何か知っているのだろうかとも思ったが、もう私には関係ない事なのだ。私はこれからあそこでずっと彼女と一緒にいるのだから。







私は何を考えているのだろう。

「ご丁寧にありがとうございます」
「いえ、こちらこそ短い間でしたけどありがとうございました」

隣室の住人は結構若いお兄さん。ちょっと、カッコイイカモシレナイ。

「どちらに引っ越すんですか」
「あ、結構近くなんですヨ、仕事場が近いのデアマり離れた場所ニハイキタクナイノ」
「?そ、そうなんですか」
「ウン!デモアナタはワタシ?オットがカエッテコナイノ、貴方でしょ?」

カッコいいお兄さんの胸がマッカッか。カコちゃん楽しいね。

そして私は部屋に戻るのだ。

「お帰りなさい」
「ただいま」

いつもカコちゃんといっしょに住んでるの。最近ネットが楽しくて2ちゃんみてるよ?ここの人たちならきっと私の事?w
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