音を必ず聞け
空はすじ状の雲に真っ赤な夕焼け。輪郭がやっとつかめるくらいの薄暗い教室で、kは一人で窓の外を眺めていた。kは僕の一番の親友である。
僕が教室に入るなり、
「明かりはつけなくていいよ」
kは言った。
「え?暗くないの?」
「大丈夫、そのうち目がなれるから。それよりこっちに来てくれないか」
女子の着替えでも見えるのかな?と僕は思った。なぜなら、我がバトミントン部の夏合宿は毎年男女合同で行い、合宿最終日の今日の練習を終えて、部員たちは帰宅する前のシャワーを浴びているころだったからだ。
暗闇に慣れてきた興味津々の僕の目に映ったのは、とても不安そうな顔をしているKだった。どうやら女子の着替えが見えるわけではないらしい。それにKの視線は向かいの校舎の窓ではなく、その手前にある中庭だった。
「何を見てる・・」
「静かに」
Kは僕の声をさえぎった。
kの指差す先、中庭の(少し荒れた)花壇の地面から20センチほどのところがぼうっと白く見える。
(あれは何だ??)
夕日は完全には沈んでいない。でも、その一部分に夕日が差し込んでいるわけではない、その花壇は完全に校舎の影にはいっているのだから。
それは間違いなく、人間の足の輪郭だった。花壇の花の上で、人間の足、正確にはつま先からひざあたりががうすぼんやりと浮かび上がり、そこから先はすぅっと消えている。向きからすると、まっすぐにこちらを向いているようだ。と、それは突然消え、その後薄暗い闇の中「カラカラ」と何かが転がっていくような音が微かにした。
僕は一瞬驚いたが、そのあと、ぞっとするような不安が湧き上がり、声も出なかった。そして、kの体は小刻みに震えていた。
「音、聞いた?」
kが言った。
「ああ、カラカラって・・でもあれ、なんだ??」
「そうか。聞いたか・・」
なぜかkはほっとしているようだった。
「あれな、・・おまえのところに行くと思う・・」
「え?」
僕はkが何を言っているのか理解できなかった。
「ごめん・・お前は俺の親友だから・・。でも大丈夫、安心しろ。ただし俺の言うことを良く聞くんだぞ。さっきは足だったろ?」
確かに足の輪郭が浮かび上がっていた。正確にはひざまでだが。
「あ、ああ、足だった・・」
僕は不安げに答えた。
「次は腰までだ」
え!?なんだよおい!次があるのか?それにターゲットは僕なのか!?なんで僕なんだ、と問いただそうとしたが、kの真剣な、ただならぬ表情を見てその言葉を飲みこんでしまった。
kは続けた。
「腰の次は肩だ。その次はあごまで現れる。いいか、その都度必ずあの『音』を聞くんだ、あの『カラカラ』という音を必ず聞け。聞くまではその場を離れては絶対にだめだぞ。それから、このことは人には話さないほうがいい。友達を巻き込みたくなかったらな。」
「わかったよ。でも、もし音を聞き逃したら?その時はどうなるの?」
「その時は・・顔だ・・顔まで現れる・・そうなれば・・」
・・・・・・・・・・・・
これはこの夏の出来事です。その後、kが言ったとおり彼女は現れました(少し小柄な感じのワンピースを着た女の子だと分かりました)。今日までに肩まで見ています。
見た場所は、「腰」の時が体育館の用具入れの倉庫。「肩」の時が最初の中庭の、ほぼ同じ場所です。時間はいずれも夕方でまだ日が沈みきっていない、でもかなり薄暗くなっている時でした。それを見た瞬間は息もつけないくらい怖かったですが、kの忠告どおり「音」を聞くまで立ち去りませんでした。(それをkに言ったら「よし」と誉めてくれましたが)
なんとなく分かってきましたが、普段は人がいてにぎやかなんだけど、ふっと人の気配が無くなる、そんなタイミングがあるんです。そういう時なんです。彼女を見るのは。なんで「音」を聞くまで立ち去ってはいけないのか、顔が現れ、それを見たらどうなるのかkは教えてくれませんが、
「事が終わったら」
全部話す、と約束してくれました。
どういうことなのかkに聞いたらまたこちらに書こうと思います。でも不思議なのです。最初はとても恐ろしくておびえていたのですが、最近彼女の顔が気になって眠れないのです。次にあごまで現れた時、もし「音」を聞かなければ、僕は彼女の顔をみることが出来る。そう考えると妙に胸が高鳴るのです。
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