子供の頃の話

うちの近所に沼があった。小さくて浅かったが、泥水で底は見えなかった。

ある日、一人でその沼に行ってみた。もちろん親からは危ないから行くなといわれていたが少し離れたところから眺めるぐらいなら危ないことなどないだろう、と子供心にそう思っていた。

沼に着くと、淵から70センチほど離れたところにしゃがみ込んだ。生き物が好きだったので、何か動くものはないかと少しわくわくしながら探るように沼を見ていた。

しかし、たまに泡が上がってくる以外何の変化もなかったので泡の出ているところに小石を投げてみることにした。一つ投げてみるとコポッ、と小さい泡が出た。もう一つ投げるとコポコポッと泡が出る。面白くなり小石を投げ続けるとその度に泡が上がってくる。

投げ込んだ小石は十を超えたが、泡は一向に止まず手近にあった小石は尽きてしまった。

半ばむきになっていた私はこれで最後にしようと側にあった片手では持てない位の大き目の石を思い切り投げ込こんだ。

ドッポンッ! ボコボコボコボコボコボコボコボコ・・・

やった、これで全部泡を出し切れる!妙な達成感を感じ満足して次々と立ち上がってくる泡を見ていた。

するとボコン、と一際大きな泡が上がった。直径は20センチはあったと思う。不思議なことにその泡はなかなか消えず、私のいる淵の方へすーっと漂ってきた。

あれ、おかしいな、これ泡じゃないのかな?もしかして亀!?、と喜んだのも束の間

突然、その泡の様なものはグルンと反転し大きく「口」を開けて叫んだ。

「おんぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ」

その叫びは動けずに固まっている私の身体をビリビリと振動させるようだったがそれは私自身の震えだったかも知れない。

一瞬置いて、私は力の入らない足を無理して動かし脱兎のごとく沼に背を向け家へと逃げだした。途中、右足を挫いたがその痛みに気付いたのは家に着いてしばらく経ってからだった。

数日して沼での出来事を伏せたまま、親にあの沼で誰か死んだかと尋ねた。死んだという答えを期待していたが、そんな話は聞いたことがないという。ただ、あの沼は昔から何度も埋め立てようとされてきたがどうしても水が上がってきてしまうのだとは聞かされていたという。

今、沼があれだけ小さく浅くなったのも幾度も埋め立てを行った結果だがそれでもまだ水は残っていると。

あれが何だったのか今でも分からない。だが、たまにこんなことを考えてしまい眠れなくなることがある。

埋めても埋めても埋まらない、そんな沼をそれでもどうしても埋めたいというとき昔の人は何をしたのだろうか。

そして、それでもまだ沼が埋まらないときされたものは何を思うだろうか、と。
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