意識の分散
〜後編〜

他の奴も彼女の風変わりさに気付いていたらしい。ある女の子は彼女が他界する一ヵ月前に街中で会ってしばらく一緒に歩いていったそうだ。買い物したらしくショッピングバッグをいくつか持っていたので手助けすると彼女はとても喜んだらしい。

「あなたには特別に教えてあげる。私ね、ちょっとだけ先の事がわかるんだ。」

女の子は面白い冗談だと思ったようで、すごいじゃん、株とか先物取引とかわかったらお金持ちになれるよと相づちをうったらしい。

「そういうのはわかんない。興味ないからね。」

と言われ、どういうのがわかるの?と尋ねると、誰も居ない交差点の角を指差して

「あそこに居る男の子わかる?あの子はあさってここで死ぬんだよね。」

そこまで聞いて全員顔を見合わせた。

「それって〇のとこの?」

女の子は首をたてに振った。

「だって冗談だと思ったんだもん。」

死亡事故は、その通り起こっていた。彼女は日にちも言い当ててた事になる。

彼女の彼氏、つまり俺の友人は重い口を開いた。

「あいつ、慢性的にこの世に恨みをもってたよ。それでいて、時々猛烈にこの世界に愛着を感じていた。多分、心を病んでたと思う。俺がどうかしてやれるかなと思ったけど駄目だったらしい。」

以下、奴の話。

バイトで知り合った二人が付き合い始めてしばらくして、彼女はよく友人に話していた事があった。彼女は時々、まとまりがなくなるというのだ。普通の人のように形状を維持できない。分散してしまう。この板でいうとアリス症候群みたいなものだろうか。友人は彼女の分裂症を疑ったが、放っておけず色々話を聞いてやったらしい。

まとまりが無くなった彼女は色んな物に部分的に入り込んだり、色んな物が見えたりするとの事。飼ってる猫、掃除機、水の入ったコップ、石、そして携帯。彼女が眠りながら無意識か有意識か携帯を操ったのは、どうもここら辺らしい。携帯電話に彼女の一部が入り込んだのか、はたまた彼女が携帯になってしまったのか。

まだその時は手の込んだ悪戯だと思い込もうとした。やろうと思えば出来ない悪戯じゃない。非通知着信拒否してた奴は設定ミスか思い違いでもしてたんだろうと。死んだ人を冒涜してる奴がいるかもと思うと腹もたった。友人は実際、憔悴しきっていたし。

気まずい気分になり帰るかという話になった。今日の葬式の携帯については忘れようと。その時、また携帯が鳴りだした。メールの着信。差出人は非通知。全員一斉に。

『ねえみんな、面白かった?』

冗談にしてはひどすぎると俺が言い掛けたその時、女の子の一人が泣きだした。電源を切ったのに着信したらしい。

半狂乱の仲間たちをなだめて帰宅したのは夜遅くなってから。疲れていたものの眠れるはずもなく、酒を飲んで気を紛らわせていた。

数日後、一通のメールを受信した。非通知。非通知着信拒否設定にしていたのに。以下全文。

『○君、(彼女)です。急な事でびっくりしたと思います。年々私は生きてる感じがしなくなったので、もう死んでしまうんだろうな、ってわかってたよ。生きていても楽しくなかったし、意地悪な人ばかりで正直煩わしかったし。

嫌いな人を呪い殺してやりたいよね。私にはそれが出来るし。でも、そうしようとしたら、(彼氏)君や、話を聞いてくれたり、慰めてくれた〇君や他の人達の顔が浮かんでくるの。この世に未練なんか残すんじゃなかったよ。どっちつかずで今も彷徨ってる。

電波にのればどこにでも行けるんだよ。すごく便利。意地悪な人のとこに行って色々してやりたい。でも○君は賛成しないかな。

困ったことに、どんどんまとまりが無くなってきてる。そのうち自分がわからなくなるかもしんない。その前に仕返ししたいなあ。引っ張るだけでいいんだよ。

じゃあ、またね。』

メールを受け取る前日、俺は携帯のアドレスを変更していた。悪戯はもうこりごりしていたので。明日になったら必要最低限の人に新しいメアドを知らせるつもりでいた。

誰も知らない俺のメアドに彼女からのメール。偶然というより

「私、こんな事出来ちゃうんだよね。」

というメッセージに思えた。やっぱり彼女は病んでたと思う。それを自分で持て余してたようだった。病んだ心で彼女が誰か引っ張らないか、間違えて俺や彼氏の友人を引っ張ったりしないかガクブルしてたが、今でも生きてるところをみると、彼女は分散してしまったに違いない。

彼女にとっては幸せじゃないかな?あれから誰も死んでいないし。そのことを思うと泣けてくる。もっと優しく接してやれたのにってな。そしたら恨みなんてきれいさっぱり消えたかもしれない。

それから一年くらいして『着信アリ』を観た。あんな風にならなくてよかったと思った。
⇔戻る