鉄塔にて
〜後編〜
日が暮れて暗くなりかけていたので、急いで車の所へ戻ろうと歩き始めました。KさんとTさんの後ろを私が少し離れてついて行く形で、下り坂は滑るので足元を見ながらうつむいて歩きました。
辺りの林はとても静かで、ザクザクと雪を踏みしめる音だけが聞こえてきます。灰色っぽい雲の隙間から遠くの夕焼けが見えていました。私は、さっきの事を考えながらボンヤリと足元を見つめるうちに、ちょっと奇妙な事に気が付きました。
私達は上りも下りも道の左側を歩いていて、つまり上りと下りとは反対の側に足跡が付いていました。私の目の前にはTさんとKさんの長靴の跡が並んでいたのですが、その間にもう一つ、小さめの足跡がありました。
最初は自分が上った時の足跡かな?と思いましたが、それは道の反対側にあるはずです。上りの時には真っ新な雪面だったのが強い印象として残っているので、私達が上る以前に誰かが歩いた跡とは思えません。となると、これは自分達が上った後に付いた足跡だという事になります。良く見てみると、その足跡は下を向いていました。だから、これは誰かが自分達よりも先に下った時の足跡なのだと、その時はそう思いました。でも、その誰かは、いつ、どこから山に上ったのでしょう?それよりももっと気になる事がありました。その足跡はどう見ても裸足だったのです。雪の上を裸足で歩く人間は多分まともではありません。
私は前の二人に声を掛けるために視線を上げようとしました。その時、視界の上の方、つまり、自分の足元のすぐ前の方に裸足の足が見えました。うわッ!と思って思わず足を止めました。
すると視界から足が消えたので、恐る恐る視線を上げて前を見ました。少し離れた所にKさんとTさんが並んで歩いている他に人影は見えません。周囲を見渡しても動くものなど何もありませんでした。不思議に思いましたが、どうしようもないので再び足元を見ながら歩き始めました。
しばらくすると、また前の方に足が見えました。驚いて足を止めるとスッと視界から消えます。が、歩き出すとすぐに見え始めるのです。小さくて白い裸足が1.5mくらい前を自分と同じ速さで歩いているようです。ちょうどかかとの辺りに白っぽい布が掛かっているのが見えました。
もう怖くなって前を見ることができませんでした。ひたすら足元を見ながら道を下って行きます。耳を澄ますと、前の方からKさんとTさんが低い声で話すのが聞こえてきました。それにザクザクという足音が被さっているのですが、それが3人なのか4人なのかは分かりません。何となく、目の前の足は音を立てていないように思えました。
やがて、先を行く2人の足音が途絶えました。と同時に、視界から裸足の足がスッと消えました。怯えながら目を上げると、いつの間にか車の所まで来ていました。私は心底ホッとしてすぐに車の方に駆け寄りました。すると、KさんとTさんが
「これから神社に詣ろう」
と言い出したのです。もう暗くなりかけているし、こんな所で時間を潰していたら、路面が凍結して帰れなくなってしまいます。そんな事は分かっているはずなのに2人は
「ここまで来て神社へ行っておかないとダメだ」
「すぐに済むからお前も行こう」
などと言うのです。入口から見ると、鳥居の奥は木が鬱蒼と茂っていて、どこに何があるのか全然分かりません。こんな所へ入って行くのは絶対に嫌だったのですが、だからと言ってここに一人で置いていかれるのも怖かったので、必死の思いで2人を説得して、どうにか車に乗せることができました。
急いで車をスタートさせたのですが、雪道なのでスピードを出すと滑ります。なんどか危ない場面があったのですが、2人共声を上げるでもなく黙ってシートに座っていました。バックミラーで見ると首がグラグラ揺れていて、まるで寝ているようでしたが、目は開いていてジッと前を見ていました。
と、ここで来て変な事に気が付きました。2人とも後部座席に座っているのです。いつもは必ずTさんが助手席に座るはずなのに・・・そう思い始めると、もう助手席の方を見ることが出来なくなりました。極力前だけを見て運転するうちにようやく麓まで下ってきました。すると、今度はKさんとTさんが2人揃って
「ここで下ろしてくれ」
と言い出しました。
「近くに知り合いがいるから会いに行く」
と言ってききません。
「じゃあ、その家まで送りますよ」
と私が言うと
「お前はここで帰れ」
と言い張ります。
「ここから先は道がややこしいし、帰りにお前が迷ってしまうかもしれない」
「早く会社に戻って、先に帰ったと言っておいてくれ」
と。正直自分も早く帰りたかったので、最寄りの店の前で2人を降ろしました。車から降りる際に、Tさんが何気ない様子で助手席のドアを開けてすぐに閉めたのを見た時、全身にゾワッと寒気がきて、すぐに車を飛ばして会社に戻りました。
翌日、KさんとTさんは2人とも休みでした。年末年始の交代勤務があるので、この時期に休むのはおかしくないのですが、私は昨日の事があったので凄く気になりました。携帯に電話すると、Tさんには繋がりませんでしたがKさんは
「休みの日にまで電話するなよ」
と笑っていたので、その時は少しホッとしました。しかし、結局2人とも正月の交代勤務には出てきませんでした。
その後、年明け早々にTさんは会社を辞めました。理由は聞いていませんが、辞表が郵送されてきたそうです。Kさんには誰も連絡が取れないそうで、あれ以来、携帯に電話しても通じません。山を下りた時に無理にでも連れて帰れば良かったと後悔しています。
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