現場の事故
〜後編〜

昼も近くなり、昼食の準備のために親父は作業から離れ簡易の小屋に向かった。今日は先に進むために、全員が川上の作業場に集まっていたので、昼食の場所付近には人影は無かった。でも、どこからか人の気配がする。元々、勘の鋭い親父なので、それは確信だった。誰も居ないはずの辺りを見回す。すると、谷を挟んだ向かい側に人影を見つけた。見覚えのある人だった。最初に居なくなった○○さんだった。親父は大喜びで声をかけようとした。昼食のために皆が集まり始めたので、その姿を他にも見た者が居た。

しかし、その瞬間に思った。あの吹雪の中、二晩も耐えていられたのだろうか?近づくために谷の方に足を進めると向こうもこちらに気づいたらしい。何かに掴らないと立ってられないような急斜面の上に立つその人影の向こう、後から居なくなった2人の姿も確認できた。

足を速めて谷に向かう、すると三人の姿が谷の崖の方にすーっと動くのが分かった。

危ない!

思わず声を出した。その声に周りに居た人達も崖を見上げた。三人は崖の端に立つと皆の方を見た。そして、ニィっと笑って、崖から下に落ちていった。

あぁ!

皆の叫び声がこだまする。一斉に崖の下に皆が向かうが、そんなに深い谷でもなくすぐに場所は解ったがそこに三人の姿はおろか、落ちた形跡すら無かった。深い雪に埋もれたか、そう思い皆で落下現場を探したが、やはり落ちたような形跡は無い。それでも親父の指示で雪をかきわけて三人の捜索を続けると、雪の下から最後に消えた一人が見つかった、当然凍死していた。そこから数メートル先で2人目、そして落下現場の反対側で最初の○○さんが発見された。その顔を見て全員が凍り付いた。口元を上げてニィっと笑っていたのだ。

三人の亡骸を宿に連れ帰り、地元までトラックで運んだ。警察は検死もそこそこに作業中に崖から転落してそのまま凍死したものと断定した。いくらその状況の不可解さを警察に訴えても取り合ってさえもらえなかった。親父は残りの作業があったので、身内の居なかった一人の葬儀の手配をして2人の家族に挨拶をして請け負い元に報告をして現場に戻った。捜索を手伝ってくれた青年団に酒を振る舞い、労をねぎらい全員に少し休みを与えた。その酒の席で妙な事を聞いたという。現場で見た事でさえ全員が口にしたくないほど奇怪で恐ろしかったのに、まだ不可解な事が続いて出てきた。

まず、死んだ三人は皆同じ場所で作業していた。これは親父も知っていた。それがあの崖の下の部分を掘る作業だったのだが複数ではなく、場所が小さかったので一人で作業していたのだ。よく考えるとその作業が始まってからすぐに○○さんは居なくなった。それに、もっと不思議なのは三人が落下するときに、先頭にもう一人白い着物を着て、白い頬被りをしたような見た事もない人間が三人を崖に誘うように居たのを何人もが見ていたという。

仲間を亡くした悲しさと、不可解な現象による恐怖で皆は深酒をして眠った。その夜、あれほど晴れていたのに吹雪きで風が窓を叩く音がしてきて叫び声のような風の音が宿を覆った。数人が起きてぼんやり窓を見ていたという。親父も何か寝付けずに外をみていると、うわぁ!と叫び声がした。

山に向いた大き目の窓の向う、白い着物に頬被りの者を先頭に三人が歩いていく。凍り付くように親父はそれを見ていた。三人は親父に向かって頭を下げるとまた歩き出した。親父は窓を開けて声をかけようとしたその時、先頭を歩く着物を着た者の顔が急にぐっと近づき大きくなって親父に向かってまたニィっと笑った。そこで親父は気を失ったという。親父はあくまで酔ってたせいでそういう事もあったし夢を見たのだと言うけど。

雪の頃も過ぎ去り、親父たちは少し伸びた工期ではあったがそれ以降無事に作業を終え現場を引き払い家路に就いた。それから数ヶ月して、その現場の完成の際に親父は呼ばれて久々に現場に立った。奇怪な思い出も薄れていた頃、あの時の青年団の一人が親父を見つけて声をかけた。とにかく来いと言うので山道を少し歩いてたどり着いたのは例の崖の上だった。

これ、と指差された所を見るとそこには古びた墓石のようなものが、しかも3基並んで立っていた。何でもそこは昔、この近くの廃村の墓地があって、数年前に道路工事のために墓地ごと崖を切り崩したのだと言う。雪の無くなった崖下には意味不明の文字を書いた赤い御札が一面に貼られた古い祠のようなものが残っていて、それは昔この上の墓地にあったものだが、切り崩した際に崖下に落ちた。切り崩し作業を親父たちの前に請け負ってた会社の者が次々と事故などで居なくなったせいでその秋に親父たちがその現場にまわされたのだと告げられた。

親父はその現場を最後に程なく会社をたたんで別の会社に勤めた。その後も、亡くなった人達の家や葬儀でいろいろあったようだがこの先は親父もかなり酔ってからしか話さないので真偽の程は解らない。ただ、実直だけが取り得のような親父が、この話をすると悲しそうにこう言う。

「あの現場では工事が無事に終わったのは三人が身代わりになってくれたさかいなんや」

他にも仲間を亡くすような経験が何度かあったそうだが、その全てが山に関する現場だったらしい。

今から40年以上前の話。何度か酒を飲んだ時に聞かされた話をまとめるとこういう事らしい。思い違いや、記憶の混同があるのかも知れないけど、一応にこの話だけは同じ事を言うのでまんざら思い過ごしや記憶違いでも無いように思う。

大して恐くなかったのに長文駄文で申し訳ない。

補足だけど、赤い札を貼った祠だけど、親父たちの前に作業してた会社の社長が高熱を出していながら病院を抜け出してまで真っ直ぐに立て直して狂ったようにお経を唱えながら赤い御札を貼ったものらしいです。
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