怨霊憑依
〜後編〜

私のノイローゼ気味の日々は続いていました。以前にも増して、誰かに見られている感覚が強くなってきたのです。一日一回は老婆が私の耳元で言ったあの言葉が聞こえてくる始末。そしてついに老婆の姿が常に見えてしまう。そんな状況まで追い込まれていったのでした。食事もろくに喉を通らず、眠れない生活。私は次第にやつれていき、あの老婆の様に頬が痩せこけたみすぼらしい顔になってしまいました。見かねた両親が私にこう言いました。

「最近のおまえはおかしい。でも我が子を精神病などと思いたくはない。おまえが言う事を信じているわけではないが、一度、霊媒師にみてもらったほうが良いと思う。」

そして私は母の弟の紹介で霊媒師の元へ行く事となったのです。紹介してくれた叔父の車で霊媒師のもとへ向かいました。着いた先はなんの変哲もない住宅街。そしてただの一軒家でした。出迎えた女性に案内され、家の中へ。一室に通され、その場に座っていた女性こそ、誰あろう霊媒師の方だったのです。年の頃は70代前半といったところでしょうか。ふくよかな顔が優しい印象を覚えさせる老女でした。

「こちらにおかけなさい。」

そう言うと彼女は私を自分の前に座らせました。彼女は私の手を握り、こう言いました。

「あなたが来たのはすぐにわかりましたよ。あなたはすごい霊能力を持っていらっしゃる。でもね。あなたは霊媒師になりたいわけじゃないんだものねぇ?だったら必要ないのにねぇ。可哀想にねぇ。」

矢継ぎ早に話していく老女。そしておもむろにこう言ったのです。

「あなたには今、非常に厄介な霊が憑依している。気味の悪いお婆さんだねぇ。」

驚いた。ただただ驚いた。私はここに来てからまだ何も言ってないのです。しかし老女の言っている事は寸分の狂いなく当たっているのです。

「あんたなんでこんな悪さをするのさ。この子に何の関係があるんだい?」

優しい口調で話していますが、私に話しているのではなさそうです。私は黙って老女の言葉に耳を傾けました。

「そうかいそうかい。それは大変だったねぇ。だけどこの子には関係ないだろ。早いとこ成仏しなさい。」

そう言った後、老女は私の肩に両の手を置き、なにやらお経のようなものを唱え始めました。何度も何度も私の肩を強く叩き、老女は拝み続けます。一時間ほど彼女と霊の攻防があったのでしょう。深く溜息をついた老女はにっこり笑って私にこう言いました。

「もう大丈夫だよ。あなたに憑いてた霊はいなくなったからね。」

彼女にそう言われるまでもなく私の体がそれを理解していました。憑き物が落ちるとはまさにこの事。 体が軽く感じ、食欲までもが出てきたのです。老女はこう続けました。

「あなたについていた霊は40年以上前にあなたの家の周りに住んでいた地主さんだよ。あなたの家の周りは昔、一つの土地で、彼女はそこの女地主。ある時、資産目当てで彼女は親族に殺される羽目になったんだ。死因は焼死さ。彼女の自宅に火をつけたんだろうねぇ。彼女は相当怒っていたよ。『井上だけは許せない』と言っていたねぇ。井上ってのは親族の方のようだね。」

言葉が出なかった。唖然とした。私は老女に聞きました。

「なぜ僕に憑依したのでしょうか?」

と。彼女の答えは単純明快でした。

「それはあなたが霊に優しい人だからさ。霊ってのは霊媒師のように霊の気持がわかる人間に憑こうとするのさ。だから何の関係もないあなたに憑依して、恨みを晴らそうとしてたんじゃないのかねぇ。」

その後、老女に霊の祓い方を教わり、私は帰路につきました。

次の日、私は母と近所の事について町内を聞いて回りました。そこで驚くべき事実に直面したのです。そう。老女の言葉には寸分の間違いもなかったのです。私の住んでいる場所は元々は一つの土地で、そこの所有者は『井上』姓。それ以前の所有者の事まではわかりませんでしたが、『井上』が謀略により老女から土地を奪ったのでしょう。

それ以来、老婆の怨霊は私の前に姿を見せません。が、見てしまうんですよ。この話を聞いた人が・・・・・。霊媒師の方が最後に言った言葉を付け加えておきます。「成仏させる事はできなかった。」と。

老婆の霊から開放されて随分と月日も経ちまして、私も高校三年になっておりました。老婆の霊の事などすっかり忘れきっていたのです。しかし老婆はまだ成仏していなかったのです。事の発端はこうです。

私は友人と他愛も無い長電話をしておりました。時刻は正確には記憶しておりませんが、九時過ぎ頃だったと思います。友人の口からこんな質問がされました。

「噂で聞いたんだけど、修学旅行の時すごかったらしいね。俺にもその話聞かせてよ。」

そう。彼は三年になってからの友人で例の話は噂づたいでしか知らなかったのです。久しぶりに思い出した老婆の顔に薄ら寒いものを感じましたが、時間というのは恐ろしいものです。私にその話をさせる余裕を与えてしまったのです。話し始める私。息を呑む友人。話し始めて一分もしないうちに・・・・・。

「おい!ちょっといいか?」

友人が私の話を止めました。

「どうした?」

いやな予感を感じつつも私は彼に問いました。

「いや、気のせいかなぁ・・・・・。」
「だからどうしたんだよ!」

私は語気を荒げて問いました。

「うん・・・・・。なんかおまえの声の後ろに変な音が被るんだよ。TVかなんかつけてるか?」

私はTVなどつけてはいない。

「なんか変な・・・・・。」

そこまで言うと、彼は電話を切ってしまったのです。どうしたと言うのでしょう。私は再度、彼に電話をかけました。

『ガチャ』
「おい!どうしたんだよ!?」

私の問いかけに返事がありません。

「おい!冗談はよせよ!」

電話の向こうから微かな呻き声のようなものが聞こえてきました。

『ウウウゥゥゥゥ・・・・・。』

私はわけがわからず問い掛けるばかりでした。

「おい!おい!しっかりしろよ!」
「・・・・・・ん・・・・ゴメンゴメン・・・・なんか眩暈がして・・・・・。」

友人の声だった。彼曰く、突然眩暈がして倒れこんでいたのだそうです。私は病院に行く事をすすめましたが「大袈裟な」と、取り合ってもくれません。そして彼は話の続きをしてくれと持ちかけてきたのです。私は断ったのですが、どうしてもと頼み込む友人に根負けして続きを話し始めました。数秒後・・・・・。彼はまたしても私の話を中断しました。また聞こえてきたと言うのです。先ほどの音が。

「あれ?なんかおかしいぞ。おまえ誰と話してるんだ?」

妙な事を言う。

「何言ってんだよ!おまえと話してるに決まってるじゃねぇか?」
「いや、俺とおまえの他に話し声が聞こえるんだよ。」
「どんな?」
「なんかお婆さんの声みたいな・・・・・。」

総毛立ちました。私は彼に電話を切る事をすすめ、受話器を置きました。

次の日、学校に行くと彼は欠席。心配になった私は彼の自宅を尋ねました。彼の母親に案内され彼の部屋へ。彼はベッドに横になりうなされていました。彼の母親曰く、昨日の夜から突然発熱して寝こんだままだと言うのです。彼は私が来てる事もわからないようでした。うわ言で『熱い・・・・・熱い・・・・・。』と繰り返すばかり。私は以前、霊媒師の元で学んだ霊媒を試みることにしました。酒と塩を用意し、彼の前で祈祷しました。彼の体を叩き、彼の体から憑き物を出そうと必死でした。数十分後。彼の手がすさまじい力で私の腕を鷲掴みにしました。そしてカッと目を見開きこう言ったのです・・・・・。

『無駄だよ・・・・・。井上が滅びるのをこの目で見るまではな!』

そう言って彼は再びベッドに倒れこんだのでした。意識の戻った彼には寝込んでいた時の記憶はありませんでした。

いつまで私を苦しめるのでしょう・・・・・。それ以来、老婆の霊は現れていませんが、いつ何時再び私の前に姿を現すのではと、気が気ではありません。
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