第八十九話
語り部:夜歩き ◆ef6iaC85MQ
ID:L90R7RUA0
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「一緒に行こう」
母の友人の話。
随分と昔、彼女はご主人と息子さん、3人で古いマンションに住んでいた。古いといってもバイパス沿いの2LDKで、それなりにいい値段もするし、今現在も、古さは増しているが当時の外観のまま現役のマンションだ。その道路側から二件目一階の部屋が、彼女の部屋だった。
当時3歳の息子さんが、その部屋に居た頃、やたらと大人には見えないものを見ていたようで、よくある話だが、誰もいない空間に手を振ったり、お姉さんが居ると言い出したりする事が、よくあったそうだ。(同い年の自分もいったことがある家だが、自分には何も見えなかったと思う)
彼女も子どもにはよくあることなんだろうな、くらいに思っていたのだが、ある時偶然知り合った方に
あなたの家、ちょっと良くないものが訪ねてきてるね。子どもを気にかけてるみたいだから、気をつけたほうがいい。
と突然言われ、それから息子さんの言動に気を付けていた。
それから何日もしない夕暮れ時、いつものように息子さんが玄関の方を指し、女の子が来てるよ、と言い出した。いつもならそれで終わるのだが、その日は息子さんは突然玄関に走り出し、真っ暗な外へと飛び出していこうとした。
彼女が驚いて息子さんの腕を引きとめると、息子さんは、
だってほら、一緒に行こうって言ってる。
と誰もいない宵闇の玄関の外を指差して言った。
彼女は先日の言葉を思い出して怖くなり、それでも丁寧に頭を下げ、この子は行かせられないんです。と誰もいない場所に向かって言い、息子さんにも一緒に行けないと伝えるよう言い聞かせた。
その一件以来息子さんは見えない誰かに手を振る事もなくなり、すぐ後に引っ越してからは、自分が小さい時にそんな体験をしていた事もすっかり忘れてしまったそうだ。
【完】
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