第七十五話
語り部:結露 ◆LBP6e93r02
ID:3R4oK+sI0
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おぞましいモノ
最初にそれを見たのは母方の祖母のお葬式でのこと。
当時、小学生で同居していた訳でもない祖母の死には実感が無く、棺にすがり号泣する母を見て、
『大人でも、こんなに泣いたりするんだな』
程度の認識で、あまり実感というものはなかった。
とどこおりなく式は済み、棺は閉められ祖母宅から出棺されていくのをぼんやりと見ていた私はそれに気が付いた。庭で出棺を見守る人々のあいだに居る赤黒いような肌をした男、しかも全裸で体の骨がないかのようにぐんにゃりと曲がりながらそれでも霊柩車に向けて親族の男手によって運ばれる棺をひどく嬉しそうに、うきうきとした様子で見ている。
私はそれが一体なんだかわからなくて回りを見回すもののそれに気がついているのは私だけのようで大人たちはそんな目立つモノが居るにも関わらず神妙な顔で棺を見守っている。
私はそれを不可解に感じながらも、好奇心にかられそれをじっとそれを見ていた。そんな外観をしていたが、不思議にそれには恐怖感を感じず、
『よくわからないけど、なんだかイヤなもの』
程度の感覚しか感じられなかったから出来たのだが、じっとそれを見ているとそれが私に気づき、呪い殺しでもするような視線をギロリと向けてきた。
正直、それが自分に害意を持つとは思っておらず
『え?』
と思い見返すと、確かにさっきまで居た筈のそれは周囲を見回してもどこにも居なかった。
それに睨まれて、『え?』と思って見返した時まで一度も視線を外していないにも関わらず、どこにも……。
数年後、今度は祖父が亡くなり、祖母の時とは違い、母方の実家ではなく斎場で式が行なわれることになった。
ろうそくの揺らめきが左右段違いに燃えるなど、些細なことはあったが、式は滞りなく進み、親族が棺に花をいれ出棺の運びになった。
居る。
赤黒い肌の骨のない男が。祖母の時と同様、自分以外にそれに気づいている者はいない。やはり、恐怖感はなく、ただおぞましいだけ。
じっと見つめる。パイプ椅子の間から覗き込むようにやっぱり棺を酷くうれしそうに見ている。そして、それを見つづける私。
そして、それは私が見ているのに気が付くと、ギロリと睨み返し、何かを邪魔したのに憤慨するように 消えた。視線をそらしたつもりはないのに、やはり消えた瞬間が認識できない。
私は思う。アレは死神や霊ではなく、死体に惹かれてやってくる何かではないのかと。そして、空の死体に入り込もうとしているのではないのか。それを防ぐ、唯一の手段が人の視線なのではないのだろうか、と
【完】
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