第七十三話
語り部:だいり
ID:B5B13T1BO
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『歯』
小学2年の時のよくわからん話。
私はひとつ年上の幼なじみ2人と毎日のように遊んでいた。お隣のMと、斜め向かいのYだ。
当時なぜだかお墓参りや読経にはまっていた私はある日の午後、2人を家から歩いて10分の墓場へ誘った。火葬場が併設された町が管理するごく普通の規模の霊園。
今思えば、なんでわざわざ人を誘ってまでそんなとこに?と思うが散歩がてらというか、他の2人も肝試し気分で軽いノリで承諾。
どんよりと曇ってはいたが道中のバカ話で盛り上がり意気揚揚と墓場に到着。季節柄、自分達以外に人の姿はない。
あれが俺んちの墓!こっちは親戚だーなどと妙にはしゃいだがさすが消防、10分ぐらいで飽きて帰ることになった。
私は自分ちの墓(特にばあちゃん)に向かって適当に手を振って挨拶し墓場の脇の砂利道に出て歩きだすと、前方からおっさんが向かってくるのが見えた。
茶色っぽいよれよれの服装で帽子をかぶった、田舎によくいる感じのおっさん。バカガキ3人で
「怪しいやつだ」
なんて失礼発言をとばしていたがもちろんおっさんは特に不審なところもなくのそのそと歩いてくる。
10メートル程の距離まで近づいたとき、ふと隣を歩くMが黙り込んだ。その横ではYが戦争映画について一人でくっちゃべっている。まさにマシンガントーク。
私はMに
「どうした?」
と声をかけた。だがMは黙って俯いたまま。
いたずらっ子でガキ大将的存在のMなだけに、私は焦って何度も声をかけた。だがMは答えず、それどころか顔をしかめて苦しそうにしている。反応のないMに私は困り果て、その様子に気付いた図太いYもようやく黙り込む。
3人の砂利を踏む音だけが聞こえていた。
相変わらずのそのそ歩くおっさんが私たちの脇を通り過ぎようとしていた。Mを挟んで歩く私とYの間に妙な緊張が走り、Mを支える手に力がこもる。
その時、
「は」
という声が聞こえた。低くてしゃがれた声だった。
は?
誰が言ったのか、確信はもてない。だが私とYは顔を見合わせ通り過ぎたその人物を振り返ろうとしたその時、Mが泣きだした。
「痛い痛い痛い!」
と突然泣き喚くM。慌てふためく私たち。オロオロしながら、何が痛いんだ?と問うと
「歯が痛い」
と言う。
尋常じゃない痛がり方にすっかりビビって私たちは家路を急いだ。だが不思議なことに、家が近づくとMは泣き止みもう痛くないと言うではないか。元気を取り戻したMを見てほっとし、その日はそのままお開きになった。
後日、Mが言うにはあの後念のため歯医者へ行ったようだが、虫歯も見つからずいたって健康だったそうな。何よりM自身がそのことを全く気にしていないふうだったのもありなんだかよくわからないけれど、痛くないならまあいいじゃん?という感じで私たちはアッサリその話題をやめ、奇声を発しながら自転車を乗り回すことに熱中した。
だけど私はもちろん忘れてはいなかったし、それはYも同じだった。あのおっさんのことだ。何日かあとにYは鬱々とした顔で私だけにこう話した。
「あの時言わなかったけどさ、Mが泣いて走りだしたじゃん?その前に俺見たんだよね」
「何を?」
「あのおっさんだよ。振り返ったら立ち止まってこっち見てた。なんか口開けてた」
「くち?何それ」
「知らねー。しかも歯がなかった。入れ歯ぐらいしろってな」
【完】
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