第七十一話

語り部:蟻 ◆GJCUnhVBSE
ID:IuazvBoa0

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『観察』

もう二十年近くも前の夏のこと。父と二人、親戚の家へ泊まりに行った時の話です。

その家は田園地帯に建っており、周りには繁華街はおろか、スーパーさえもありません。見渡す限りの田んぼと、両脇を木立に囲まれた大きな川。その中に鉄道が走っており、寂れた小さな無人駅がぽつんとある、そんなところでした。

小学校低学年だった私は、親戚の家にいてもつまらないので、一人で外に遊びに行きました。踏切を越え、川べりを歩き、道端に生えている大きな笹のような葉をむしって笹舟を作ったり、花を摘んで冠を作ったり。そういう遊びをしながらぶら ぶらしていたと思います。

ふと、道の向こうから一台の車がやってきました。私は歩きながら、何の気なしにその車を見ていました。

すると、どうもおかしいのです。

車が近づいてくるにつれ、乗っているのが中年のおじさんとおばさんだということがわかったのですが、その二人、妙にこちらをじろじろと見ているのです。少しも遠慮するふうではなく、まるで観察でもするかのようにじいっと見ているのです、私のことを。

(なんなんだろう?)

すれ違いざま、おばさんの方と目が合いました。奇妙な動物を観察するような目で私を見ていました。

(なんかやだなあ)

私はちょっと嫌な気持ちになりました。でも、その車は私のずっと後ろの方へ走っていって見えなくなりましたし、もっと笹舟を作りたかったので、気にせず歩いていくことにしました。

しばらく歩いていると、また前方から車が近づいてきました。今度はトラックです。近づいてきます。

(うそ……また?)

トラックを運転しているおじさんが、やはり私をじろじろと観察しながら通り過ぎていきました。さすがに気になったので、去っていくトラックを振り返りました。すると、そのおじさんはわざわざ運転席の窓を開け、首まで出してこちらを振り返っているのです。

さすがに不気味でした。私は、自分の服装や、髪型なんかを調べました。

(私、何かおかしいかな? 変なのかな?)

と不安でした。

しかし、当時の私はどこにでもいるような普通の子供でしたし、その日に取った写真が残っているのですが、今になって改めて見てもいたって普通なのです。あんな風に観察される理由がまったくわからないのです。

やがて、かすかなエンジン音が前方から聞こえてきました。また、車です。さっきまでのことがあったので、私はうつむいて気にしないふりをしていました。

しかし、車が横を通り過ぎる瞬間、どうしても気になって、つい顔を上げてしまったのです。

「うわあっ!」



その時見たものは、後部座席に座っているおばさんが、ガラスにへばりつくようにして私を観察している無表情な顔でした。



もう耐えられなくて、怖くて、泣きながら走って帰りました。父や、親戚の伯父さん、伯母さんに

「私ってへん? 私、何かおかしい?」

と泣きながら聞いた記憶があります。大人たちは

「何にもおかしくないよ、どうしちゃったの?」

と一様に困惑していましたが、事情を説明してもよくわかってもらえませんでした。

あの夏から、その家に行くのは拒み続けています。もちろん今でも。

あの観察するような目は一体なんだったのでしょうか。大人になってからその地方について調べたりもしてみましたが、これと言った理由は見つかりませんでした。

思い出すたびにぞっとする体験です。まだ、幽霊の方がいくらかマシです。

【完】
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