第五十四話

語り部:万夜 ◆NMnaoT1HrA
ID:q1rV/rgw0

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高校3年の頃、受験勉強に追われ毎日のように遅くまで塾で勉強していたので家に帰るのはいつも深夜でした。私は11階建てのマンションに住んでいるのですが深夜に廊下を歩いているとよく赤い女を見かけたのです。

その女はマンションの廊下を歩いているといつも遠くに立っているのが見え、間近に見たことは一度もなくなくかろうじて赤い服を着ているのがわかるぐらいでした。

ある日、いつも通り深夜に帰ってくるとあの赤い女がエントランスホールのエレベーターの前に立っているのが見えたのです。さすがに一緒のエレベーターに乗るのは気まずいと思ったので、女が先にエレベーターに乗ったのを確認してからもう1つのエレベーターで7階にある家まで行くことにしました。

女が乗ったことを遠くから確認するともう1つのエレベーターにいそいそと乗り込みました。

7階に着いたのでエレベーターから降り、女が乗っていた隣のエレベーターを見ると11階でとまっていたので少し安心すると家まで続く薄暗い廊下を真っ直ぐ歩きました。

私の家はL字型のマンションの7階、直角にある部屋で家のドアの前にもう一つ黒い柵があるんですが、その柵の取っ手に手をかけた時、

チリーン…

鈴の音が静かに鳴り響きました。

一瞬ギョっとして後ろを振り向いたのですが薄明かりのライトが点々と廊下を照らしているだけで誰もいないし、何も異常はありませんでした。(受験勉強で疲れてるのかな?)と鈴の音を聞き間違いだと思い黒い柵の取っ手を回して開け、家のドアの前に立った瞬間またチリーン…チリーン…と鈴の音が聞こえました。

(今度は聞き間違いじゃない!!)

耳を澄ませると鈴の音は上の方から聞こえていたのです。脊髄反射で8階を見上げました。そして見てしまったのです。あの女が、赤い服を着たあの女が8階の柵から身を乗り出してニヤニヤ笑いながらこちらを見ているのを。

驚いた私は無我夢中で家のドアを開けて中に入り鍵をかけ、布団に頭から包まると

(何であいつがいるんだ!?あの女はエレベーターで11階に昇っていったはず……なんで8階にいるんだ!?)

などと頭の中で考えを巡らせましたが疲れていたせいかその夜はすぐに眠ってしまいました。

朝起きると昨夜のことは既に忘れていました。

学校に行くため家のドアを開け、黒い柵の取っ手に手をかけ回すと――あの音が聞こえました。

チリーン・・・

氷水をかけられたように背筋がぞくぞくすると共に、悲しげな音色が忘れていた昨夜の記憶を鮮明に蘇らせました。ぼさぼさの髪の毛、不自然に白い顔、穴があいたような真っ黒の眼、赤い口紅、そして赤い着物に括られていた沢山の鈴。

そして気づいてしまったのです。

あの鈴が赤い紐で私の家の黒い柵の取っ手にがんじがらめに結びつけられているのを――

後にマンションの管理人や家族に聞いても誰も赤い女を見ていませんでした。

あの女が何を伝えたかったのか、なぜ私しか見たことがなかったのか、それは今となってはもうわかりません

【完】
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