第七十九話
語り部:トライ ◆qNe7Boci42
ID:qTCi4+kE0
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【叡智の目】
私の生まれ故郷は北海道だ。この話は小学生の頃に里帰りしたときの話だ。
皆さんは平和の滝という滝をご存知だろうか?
自殺の名所として有名で、私が里帰りした前の週に新築した公衆トイレで焼身自殺があり、そこが土で埋められていたのが印象深い。およそ名前とは似ても似つかないトンデモスポットである。
小学生の私は、別に自殺の名所に来たくて此処へやってきたわけではなくミヤマクワガタが山ほど取れるからと言われて叔父の車で私と弟と親戚の子、そして叔父の4人で此処へやってきていた。
叔父はどんどん滝の上の方の森へ入っていく。しばらく進み、滝の上、本当に真上に出た。ただの滝のはずなのに、そこが自殺の名所であるということを無邪気な昆虫採集に来た小学生にまで叩きつける光景があった。
衣服が散乱していたのだ。靴や外套、新しい物から古いものまで、中には子供の服やおんぶ紐なども木からぶらさがり、三途の川の脱衣場のようだった。
叔父はあまり気にしない人のようで、見えない場所で木をガンガン蹴飛ばしていた。私は泣きそうになりながらその地獄の脱衣場から動けなかった。
ほどなくして、クワガタを沢山取った叔父が明るい様子で帰ってきたが、私は気が気ではなかった。恐ろしかった。
駐車場に戻ると、気味が悪いから帰ろうと弟が言い出し、車に飛び乗った。私も賛同したが、皆よりも明らかに動きが遅くなったような感覚になり、最後に車に乗る形になった。
しかし・・・ドアが開かない!!
他のドアからのった3人はキョトンとしていた。どうしたものかと他のドアから私が乗り込もうと後ろを振り返ると、そこには一匹のキタキツネが立っていた。全く気配も感じなかったが、私の背後1m程の距離に静かに立っていた。
キツネを初めて間近で見た私は、その憂鬱なような、それでいて間違いなく鋭く、強い目に見つめられ、動けなくなった。額に冷や汗がにじむ。
車の中から親戚の子が
「触るな!!」
といってバンバン窓を叩いたことでなんとか正気を取り戻したが、相変わらずドアは開かなかった。
キツネはだるまさんがころんだのように、私が見ていぬ隙にジリジリとにじり寄る。
と、そこに、駐車場でアイスを売っていた叔父さんが怒鳴りながら走ってきた。キツネはしなやかに高く飛びながら森へ消えた。
「君、危なかったね。キツネは寄生虫がいるから触ったり餌付けしたりしちゃダメだよ。」
叔父さんはそう言ってアイスを売りに戻っていった。
でも、あのキツネの目は、ただの獣の目だったのだろうか?私より深く叡智を込めたような、鋭く、憂鬱な緑の瞳だった。キツネは数多くの人の死に様を見てきたのだろうか?
私は、帰りの車の中であの瞳にとりつかれていた気がする。
[完]
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