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タイトル:呪い殺されるということ
妙な体験をしたことがある。状況が特殊だったのか、俺が狂ってしまっていたのか、その時はあまり恐怖を感じなかった。

いわゆる肝試しというヤツをした時のことだ。師匠シリーズじゃないが、俺にも実物の霊能者の友人がいる。こいつがまた、人を怖がらせることに命を賭けてるような大馬鹿野郎で、俺も幾度となく巻き添えを食らっている。今回もそんなくだらない話の一つだ。

友人に誘われて、マイナーな肝試しスポットへと訪れた。雰囲気だけが恐ろしくて、実際には幽霊なんか出やしない荒れ放題の廃虚だ。幾つか並んだ家屋は、まるで地震が起きて慌てて出ていったみたいに、生活臭だけを残してものけのからになっている。畳に薄汚れた衣服が散らばっているのが、なんとなく不気味だ。

「出ないらしいね、ここ」

肝試しに来たくせに、そんなシラケることを言う友人。

「心霊写真が撮れたって話もないし、幽霊を見たって人もいない。現に今だって、何も見えないよね」
「ガセってことか?」
「うん。いや、どうなのかな」

曖昧な返事に、嫌な予感を覚える。血まみれの老婆より、懐中電灯の光しかない暗闇の中の意味深な沈黙の方が怖い。

「ここで一晩眠ってみようか。たぶん、凄いのが見れる」



はい?



冗談じゃない。こっちは幽霊が出て来たら尻尾巻いて逃げるしかない一般人だ。凄いのが出て来たら困る。

「何も出ないのに、心霊スポットになるわけないよね。ということは、誰かが噂したはずだよ。ここには幽霊が出るってね。そういうのは大抵の場合、作り話だったり冗談だったりするけど」

友人は一拍置いて、

「たぶんその噂を流したのは本物の霊能者だね。じゃなきゃ、ここに何かいるなんて気付くわけない」



…ちょっと待ってくれ。



「なんかいるのか、ここ」
「いるよ。かなりヤバイ。凄い殺され方してる。俺もこんな面白いの見たことない」

ニヤニヤしながら語る友人に、背筋が寒くなる。

「…帰ります」
「そうした方がいいかもね」

別に吐気や寒気がしたわけじゃない。けれど、友人の"いる"という言葉を聞いた瞬間から、異様に気持ち悪かった。

廃屋を出ると、友人が足を止めた。つられて立ち止まった、その時。

信じられないほどリアルに、強い力で肩を掴まれた。

心臓が止まった。反射的に振りほどこうとして、失敗した。思いきり体を振ったにも関わらず、掌は肩に食い込んでいる。まるで、本当に人間に掴まれてるみたいだ。頭が真っ白になって、よせばいいのに俺は振り向いてしまった。

そこには、滅茶苦茶によじれた人体がぎゅうぎゅうに詰め込まれた廃屋があった。砕けた幾つもの大きな首が、一斉にこちらを見ていた。バラバラ死体の腕、足、胴体。不自然に大きなそれらは一つ残らず赤黒く溶けていて、腐臭に意識が殺された。

恐怖で失神した、なんて生易しいものじゃなかった。友人に引きずられてどうにか帰宅した俺は、あの腐肉の缶詰と化した廃屋を思い出し、何度も嘔吐した。

後日聞いた話。

友人によれば、彼らはあの家の中で何者かによって呪い殺されたらしい。それも、眠っている間、夢の中で。だから彼らは未だに夢を見続けていて、魂を段々と腐敗させながら、あの廃屋から出られないのだという。

何故、今まで訪れた人たちに見えなかったのかというと、霊としての階位が低すぎたかららしい。助けを求めることすら許されないほど、彼らは貶められている。体のパーツが異常に巨大だったのは、既に自分の形を忘れはじめているからか。

「幾つか廃屋が並んでいたけど、あれは多分呪い殺された一家の巻き添えを食らったんだろうね。彼らが夢から覚めるまで、家が建て直されることもないと思うよ。わざわざ放置されてるところは、それなりに理由があるんだね」

廃屋、廃病院、廃校舎。使用されなくなった建物が取り壊されずに残っている場合、それは必ずしも金銭的な理由だけではなく、工事に取り掛かれない理由があるのだとか。

既に命を奪われているにも関わらず、夢を見続ける腐乱死体。人は己の死を認識しなければ死ねない。死神が刈り取るのは、あくまで肉体に宿る命なのだそうだ。これから先、彼らが自分の死を認識出来なければ、いつか霊としては最低の存在である狐に化けるらしい。稲荷様のような奉られる存在ではなく、自我を無くし、天国にも地獄にも行けずたださまようだけの低俗霊。腐敗した魂に転生は許可されない。

あの濃密過ぎる死臭を思い出すと、未だに吐いてしまうことがある。呪いや怨念なんてワケの分からない力で殺されるなんてごめんだ。そう、強く思った。
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