投稿者:モゴラ

タイトル:階段
「産まれてから全ての出来事を人は記憶している。ただ記憶の引き出し方がわからないだけだ。」

と、いうようなことを前に聞いたことがある。

確かに幼少期はおろか、胎児の記憶まである、という人もいるらしいが…。果たしてそれは本当の記憶なのか?それともイメージが創りだした間違った記憶なのか?

まだハイハイをしていた頃、僕にはこんな記憶がある。

二十歳。高校を卒業し、なんとなしに入った大学を一年半で中退した僕は、実家に居づらくなり一人暮らしを始めていた。久しぶりに帰った実家で2つ上の姉がふとこう言った。

「私、ウチの中でなんか気持ち悪いっつーか気になるところがあるんだよ。」

「階段の下」

僕は即座に答えた。姉は目を見開き人差し指をこっちに突き出して

「なんでわかったん!?」

と興奮している様子だった。

なぜ、も何も…。僕は小さな頃からずっと階段の下が気味悪かったのだ。階段を昇る時はいつも後ろを振り返っていた。当然誰もいないのだが…なんか怖い。

なぜだろう?一人暮らしのアパートに帰ってからも少しの間、姉も自分と同じ風に感じていたという奇妙な事実は頭から離れなかった…が、しかし能天気な僕はいつの間にかそのことを忘れてテレビに夢中になっていたのだった。

そして夜も更けてそろそろ寝ようかという時。テレビを消し布団に向かうと、急に頭の中に映像が浮かんだ。そしてゾクゾクしながらも階段下の謎が解けたと思った。

その映像とはこうだった。

場所は実家の二階。両親の寝室だった奥の部屋だ。僕はまだ赤ちゃんだった。父のあぐらの上でちょこんと座っている。なぜかテンション高め。父は疲れているのか頭を垂れて居眠りをしている。そこにいるのに飽きた僕はハイハイで部屋の戸の前まで歩き、戸をなんとか開けた。

暗い廊下を伺うと誰かが呼んでいる。女の人の声だ。僕は嬉しいのか、楽しそうに呼ばれるがままにハイハイで歩く。意外と速い。そして前に見えるのは階段だった。階段の上で手を差し伸べ、おいでと僕を招く優しそうな笑顔の女の人がいる。歳は二十代か。その女の人は階段の中腹辺りの空中を浮かんでいる。女は僕を手招く。

僕のすぐ目の前にはもう階段がある。赤ちゃんの僕は嬉しそうにしている。階段に気付いていないのだろうか?女がまた手招きした。次の瞬間!僕は階段を落ちていった…。

後日、母に僕が幼い頃に階段から落ちたことがあるか聞いたら

「あるよ」

とのことだった。しかも父が目を離した隙に落ちたらしい。

「それにしてもハイハイしたての頃だったのにどうして階段まで行っちゃったかねー。」

と笑っていたが、僕は寒気がおさまらなかった。階段から落ちてヘタしたら死んでたかもしれない、とか映像が事実だったから…という理由ではない。階段から落ちる刹那、僕を手招きしていた優しそうな女の笑顔が、口から血を垂らし、落ちる僕を見て歓喜しているような…そんな笑顔に見えたからだ。

この体験は果たして僕の脳ミソの奥底に眠っていた「記憶」なのか?僕の脳ミソが現実と空想を組み合わせて創った「幻覚」のようなものだったのか…。

ところがそれから少ししてあながち間違った記憶とも言えない出来事が起こるのだが…。
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