投稿者:水瓶座

タイトル:某音楽大学その2
前回に引き続き、都内某音大の噂です。噂というのは、わたしは遭遇したことがなく、聞いた話だからです。

以前投稿した通り、その音大は都心にあり、近隣の空き地を縫うように増設を繰り返していたため、校舎がいくつも林立していました。噂の舞台は中でも比較的新しい、通称『C館』です。

C館は、古くて一番大きなB館の陰にひっそりと建っていて、外から見えません。1・2階には附属幼稚園があり、幼稚園部分には学生も入れません。3階以上はレッスン室や研究室があるものの、学生がそこに行くには、B館4階とC館3階をつなぐ空中廊下を通って行くしかない、という複雑な構造でした。確かエレベーターもなかったと思います。

練習室の貸し出しもされておらず、新しいながら、いつも静かであまり人気のない校舎でした。一度も足を踏み入れないまま卒業していく学生も珍しくなかったと思います。かくいうわたしもあまり用のない校舎だったため、たまに行くとうっかり迷い、今何階なのか、空中廊下がどこなのか判らなくなることがよくありました。

そんなある日、友人から、その子の伴奏者(仮にAさんとします)がC館に行ったときに不思議な体験をした、という話を聞きました。

Aさんが初めてC館に行った帰り。やはり迷ってしまって、空中廊下の位置が判らなくなったそうです。時間は夜7時すぎ。昼でも人気の少ないC館の廊下には、もう誰もいません。明かりのついている部屋も見当たらず、Aさんがうろうろ歩き回っていると、廊下の奥から誰かが静かに現れました。

その人はスーツ姿の年配の男性で、きちんとした印象を受けたそうです。Aさんは、どの部屋から出てきたのか不思議に思いながらも、空中廊下の場所を尋ねようとしました。すると男性は穏やかな表情で、黙ってAさんの背後を指差したんだそうです。

えっ?こっち?Aさんは自分の後ろに続く廊下を振り返りました。あぁ、なんだ逆方向か…そう思ってお礼を言おうとAさんが向き直ると、そこには誰もいなかったそうです。

ゾッとして、一目散に指差された方へ駆け出すと、あんなに迷っていたのが滑稽に思えるほど、あっさりB館に戻れたんだとか。

以来AさんはC館に用もなく、行くことはなかったそうです。が、ある日、Aさんが附属図書館で大学に関する昔の資料を眺めていたときに、その男性と再会したのです。

うわ、こないだの人、昔うちの理事長だったんだ…。

資料の中の写真に写る穏やかな表情は、まぎれもなくあのときの男性だったそうです。

この『昔の理事長』に遭遇した学生は複数いるようで、時折噂を聞きました。いつも決まってC館で学生が迷っているときに現れ、黙って行き先を指差してくれるそうです。わたしが迷っても出てきてくれなかったのに(笑)。

今でも彼はC館で、迷える学生を導いているのかな。ほんのりいい噂でした。
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