投稿者:ぐっぴー

タイトル:吸血鬼
これはあたしが中学のとき、先生から聞いた話です。

その人(Aさん)は、どこにでもいるような、普通の若い会社員でした。彼には最近結婚したばかりの若い奥さんがいて、二人は幸せの絶頂にいました。

ある日、Aさんは仕事の為に遠くへ出張することになりました。Aさんの出張はそう珍しいことではなかったのですが、しばらくして、Aさんは突然体調を崩して倒れてしまったそうです。何を食べてもすぐに吐いてしまい、全身がだるくて立っていられません。

今まで滅多に病気をしたことがなかったAさんは、慣れない一人暮らしで風邪でもひいたんだろうと、病院にも行かずに寝ていました。奥さんにも心配をかけたくないため、このことは黙っていました。

Aさんはずっと寝ていましたが、ある日気晴らしに近くの公園へ散歩に行きました。天気のいい日で、公園では何人かの子供が鬼ごっこをして遊んでいます。Aさんはベンチに座ってその様子を何気なく見ていました。

すると一人の男の子が転んで泣き出してしまいました。膝を擦りむいたようで泣き止まず、他の子供達もどうしていいかわからないようです。見かねてAさんは、子供達の所に行きました。

「男の子だろう、このくらいで泣いてはだめだぞ」

そう言って、転んだ子の怪我を見た瞬間でした。傷口に滲んでいる真っ赤な血を見たとたん、Aさんは激しい空腹感に襲われたのです。

この子の血を飲みたい…と思ったとき、Aさんはハッと我にかえりました。そして今、自分が確かに血を見た瞬間はっきりと空腹を感じたことを思い、恐ろしくなりました。Aさんは震える足で、逃げるようにその場を立ち去りました。

家に帰り着いたAさんは、まだ今自分が感じたことが信じられませんでした。なんとか気持ちを落ち着かせようと思い、彼は台所に行って水を一杯飲み、顔を洗いました。その時口の中に違和感を感じて、ふと鏡を見ました。Aさんは愕然としました。

自分の口に並ぶ歯が、奇妙に変形しているのです。まるで猫の歯のように鋭く先が尖り、白く光っています。

さすがにAさんは、これは普通ではないと思いました。彼は知り合いの医者のいる病院に急いで駆け込みました。

知り合いはAさんの話をよく聞き、すぐにいろいろな検査をしてくれました。そして検査結果を待っているAさんと向かいあうと、とても信じられないというようにAさんに言いました。

「長いこといろんな患者を見てきたが、あんたみたいな例は初めて見るよ。とても信じられない症例だ。もし良ければ、学界に発表したいくらいだよ」

そう言って、Aさんに彼の腹部のレントゲン写真を見せました。

写真はAさんの胃を撮ったものでしたが、その胃は普通では考えられないほど小さく、細いものでした。医者はその胃の形が、ある生き物の胃の形にとてもよく似ているというのです。

「これとよく似た胃を持つ生き物がいるんだよ。熱帯の森に多くいるやつなんだが…





…ヒルの胃に、そっくりなんだよなぁ」

自分の胃が、ヒルに似ている。それを聞いてAさんは驚き、恐ろしくなりました。

知り合いは、なぜヒトがヒルの胃を持っているのかわからないが、世紀の大発見には違いない、匿名でいいから調べさせてはくれないだろうかと頼んできました。

しかしAさんは茫然として、どうかこのことは他言しないようにと知り合いに頼み、それきり行方知れずになってしまったそうです。

それから何ヶ月かたった頃、Aさんは実家の近くで自殺しているのを発見されました。一人残された奥さんは、夫が自殺したのは助けてやれなかった自分のせいだと思い込み、塞ぎこんでいました。

ある日、奥さんのもとに一本の電話が入りました。Aさんの母親からの電話でした。彼女はAが死んだのはあなたのせいではない、あなたのためにも話しておきたいことがあるから、すぐにこっちへ来てほしいと、奥さんに言いました。

奥さんが夫の実家に訪れると、お義母さんは優しく迎え入れてくれました。そして奥の座敷に彼女を通すと、古い巻物を広げて見せました。

「これはうちの家の家系図なの。よく見てちょうだい。何か気がつかないかしら」

奥さんはすぐに気付きました。なんと夫の家の男子は、全て例外無く30前後の若い歳で亡くなっているのです。お義母さんは、次のような話を聞かせてくれました。

岩倉具視を中心とした使節団が欧米を訪れたとき、彼らはヨーロッパのある山深い地方で宿をとりました。酒場で夜遅くまで仲間達と洋酒を楽しんでいたのですが、使節団の一人の若者が突然ふらっと立ち上がり、導かれるように外へ出ていってしまったそうです。しかし皆酔っていたので、小便でもしにいったんだろうと誰も彼を引き止めませんでした。その晩、彼は戻ってきませんでした。

次の日、若者は近くの木の影に倒れているのを発見されました。幸い彼は眠っているだけで大きな怪我などはありませんでしたが、なぜか首筋に赤く腫れた跡があり、昨晩のことは何も覚えていませんでした。

その後若者は仲間達と無事に仕事を終え、日本に帰ってきました。そして帰国後すぐに待っていた恋人と結婚したのですが、子供が生まれて間もなく、30歳の若さでこの世を去ったそうです。

それが夫の家の先祖の始まりで、以来この家の男子には長生きしたためしがないといいます。寿命が短いわけではありません。皆、ある歳になると必ず自殺しているのです。

奥さんは黙ってお義母さんの話を聞いていました。お義母さんから全て打ち明けられ、実家からの帰り道、奥さんはぼんやりとしていました。

それからしばらくたってからでした。奥さんのお腹に、亡くなったAさんとの赤ちゃんが宿っているのがわかったのです。



赤ちゃんは、男の子でした。
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