陰影のない女
「一度霊体験をするとそれからしばらく霊体験をしやすくなる」
という話を聞いたことがあるだろうか?霊感が強くなるのか、霊とベクトルが合うようになるのか、はたまた霊を意識するようになるのか、理由はよくわからないが、とにかくそういうことはあるらしい。
これから書き込むのは、数年前、当時大学生だった俺がのっぽのYと茶髪のAという二人の友人を引き連れて心霊スポット荒らし(心霊スポットでバカ騒ぎしたり、カップルおどかしたり)をしていたときに体験したいくつかのエピソードの内の一つで、俺達の最初の霊体験の話だ。
大学1年の後期、冬休みを目前に控え浮かれていた俺達は、週末にF県にある某神社にキャンプをしに行くことにした。(心霊スポット荒らしの一環)
その神社は
「女性が強姦されて殺された」
「いやいや、強姦されて世を儚んだ女性が首を吊ったのだ」
といった噂のある場所で、ようするに「出る」と言われる場所だった。
夕方に神社についた俺達は早速テントを立て、各自分かれて辺りを散策しはじめた。見るからに古そうな神社で、鳥居の塗料はほとんど落ちており、周囲にぽつぽつとしかない民家がいっそう寂しさを引き立てていた。
(なるほど、こりゃ妙な噂が立つのも頷けるな)
俺はそう思いながら、一人神社の周囲をぐるぐると見て回っていた。三人で1時間ほど神社を見て回ったが、不思議なことも起こらず不気味なものにも遭遇せず、
「やっぱり幽霊なんていねーよな」
等と笑いながら、俺達は夕食のカレーを作り始めた。肉を切り、野菜を切り、米を炊き、粗方完成したカレーを持ってきたカセットコンロで煮込んでいるときだった。
「何してるの?」
と、不意に声をかけられた
声のした方を見てみると、俺達と同年代か、あるいは少し年上くらいであろう女性が一人立っていた。
「ねえ、何してるの?」
女性は再び問いかけてきた。
突然声をかけられたことに一瞬びびったが、そのときの時間はまだ午後8時前くらい。若い女性が一人で歩いていてもおかしくない時間帯だったので、俺達はすぐに平常心を取り戻した。
「あぁ、キャンプですよ」
とY
「今晩飯のカレー作ってるんです」
と俺
「お姉さんもよかったらどうですか?」
とAが続ける。
「いいの?」
と言いながら、女性は俺達の方にゆっくり、本当にゆっくりと近づいてきた。
そこで俺はその女性の姿に妙な違和感を覚えた。上手く言葉にできないのだが、何かがおかしい。YとAも同じような感じだったようで、俺達三人は顔を見合わせたり小首を傾げたりしていた。
手を伸ばせばもう手が届く、というところまで女性が近づいてきたところで、俺はようやく違和感の正体に気付いた。
この女性には影が無い――
ありがちだな、と思った人もいるかもしれない。しかし俺が言っているのはいわゆる影法師のことではなく(影法師もなかったかも知れんが)人間の身体にかならずあるはずの、鼻の下や目の窪みといったところに出来る影のことだ。まるで小学生が描いた人物画のように、その女性には陰影が全くなかったのだ。その女性は、俺が違和感の正体に気付いたと知ってか知らずか俺の隣に座りにたりと(決してにっこりと言ったようなものではない)歯を剥き出しにして笑った。
そこで俺はもう一つ、奇妙なことに気付いてしまった。
女性の首が異様に長いのだ。最初は普通だったはず(暗くて距離があったとしてもさすがに分かる)なのに、今俺の隣に座っている女性の首は、常人のそれの二倍以上はあるようだった。
YもAも、女性の異常さにとっくに気付いているようだったが、恐怖のためか身体が全く動かないようだ。当然俺も蛇に睨まれた蛙のような状態で、指一本動かせなかった。逃げ出すこともできず、目を逸らすこともできず、俺達はひたすらこの異常な状況が終わるのを待つしかなかった。
どのくらい経っただろう?俺には1時間にも2時間にも感じられたが、実際は数分だったと思う。唐突に、女性が声を上げて笑いはじめた。ゲラゲラと狂ったように、壊れた人形のように。
恐怖の限界に達していた俺達は、その笑い声を皮切りに猛ダッシュで車まで逃げ込み、近くのコンビニまでフルアクセルで飛ばした。その間も笑い声が耳から離れず、本気で気が狂いそうだったように思う。
結局俺達はそのコンビニの駐車場で
「すげえ、あれなんだ!?」
「マジ怖え、つか意味わかんねぇ」
と、興奮状態で夜を明かし、次の日の朝早く神社に片付けに戻った。当然女性はもうその場にはいなかったが、不思議なことにカレーだけは綺麗に食べつくされていた。
あの女性が霊魂の類だったのか、それともあやかしの類だったのかは分からないが、俺達が頻繁に霊体験をするようになったのは、丁度この出来事のあとからだった。
後日談だが、この出来事の一週間後にYとAに
「もう一回あの神社行こうぜ」
と言われたときは
(こいつら取り憑かれたんじゃないか?)
と心配したものだった。
以上、長文乱文失礼。
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