四隅
〜後編〜

夢の中で異様に冷たい手に右肩をつかまれて悲鳴をあげたところで、次の日の朝だった。京介さんだけが起きていて、あくびをしている。

「昨日起ったことは、京介さんはわかってるんですか」

朝の挨拶も忘れてそう聞いた。

「あの程度の酒じゃ、素面も同然だ」

ズレた答えのようだが、どうやら「わかってる」と言いたいらしい。俺はノートの切れ端にシャーペンで図を描いて考えた。

ACoCo  B京介


Dみかっち  C俺

そしてゲームが始まってから起ったことをすべて箇条書きにしていくと、ようやくわかって来た。酒さえ抜けると難しい話じゃない。これはミステリーのような大したものじゃないし、正しい解答も一つとは限らない。俺がそう考えたというだけのことだ。でもちょっと想像してみて欲しい。あの闇の中で何がおこったのか。

1 時計
2 時計
3 時計
4 反時計
5 時計
6 時計
7 時計
8 時計
9 時計
10 時計
・・・・・・

俺が回った方向だ。そして3回目の時計回りで俺はポケットに入った。仮にAが最初のスタートだったとしたら、時計回りなら1回転目のポケットはD、そして同じ方向が続く限り、2回転目のポケットはC、3回転目はB、と若くなっていく。つまり同一方向なら必ず誰でも4回転に一回はポケットが来るはずなのだ。

とすると5回転目以降の時計回りの中で、俺にポケットが来なかったのはやはりおかしい。もう一度図に目を落とすと、3回転目で俺がポケットだったことから逆算するかぎり、最初のスタートはBの京介さんで時計回りということになる。1回転目のポケット&2回転目のスタートはCoCoさんで、2回転目のポケット&3回転目スタートはみかっちさん、そしてその次が俺だ。俺は方向を変えて反時計回りに進み、4回転目のポケット&5回転目のスタートはみかっちさん。そしてみかっちさんはまた回転を時計回りに戻したので、5回転目のポケットは・・・・・・

俺だ。

俺のはずなのに、ポケットには入らなかった。誰かがいたから。

だからそのまま時計回りに回転は続き、そのあと一度もポケットは来なかった。どうして5回転目のポケットに人がいたのだろうか。

「いるはずのない5人目」という単語が頭をよぎる。あの時みかっちさんだと思って遠慮がちに触った人影は、別のなにかだったのか。

「ローシュタインの回廊ともいう」

京介さんがふいに口を開いた。

「昨日やったあの遊びは、黒魔術では立派な降霊術の一種だ。アレンジは加えてあるけど、いるはずのない5人目を呼び出す儀式なんだ」

おいおい。降霊術って・・・・・・

「でもまあ、そう簡単に降霊術なんか成功するものじゃない」

京介さんはあくびをかみ殺しながらそう言う。その言葉と、昨日懐中電灯をつけたあとの妙に白けた雰囲気を思い出し、俺は一つの回答へ至った。

「みかっちさんが犯人なわけですね」

つまり、みかっちさんは5回転目のスタートをして時計回りにCoCoさんにタッチしたあと、その場に留まらずにスタート地点まで壁伝いにもどったのだ。そこへ俺がやってきて、タッチする。みかっちさんはその後二人分時計回りに移動してCoCoさんにタッチ。そしてまた一人分戻って俺を待つ。

これを繰り返すことで、みかっちさん以外の誰にもポケットがやってこない。延々と時計回りが続いてしまうのだ。「キャー!」という悲鳴でもあがらない限り。

せっかくのイタズラなのに、いつまでも誰もおかしいことに気づかないので、自演をしたわけだ。しかしCoCoさんも京介さんも、昨日のあの感じではどうやらみかっちさんのイタズラには気がついていたようだ。俺だけが気になって変な夢まで見てしまった。情けない。

朝飯どきになって、みかっちさんが目を覚ました後、

「ひどいですよ」

と言うと

「えー、わたしそんなことしないって」

と白を切った。

「このロッジに出るっていう、お化けが混ざったんじゃない?」

そんなことを笑いながら言うので、そういうことにしておいてあげた。

後日、CoCoさんの彼氏にこの出来事を話した。俺のオカルト道の師匠でもある変人だ。

「で、そのあと京介さんが不思議なことを言うんですよ。5人目は現れたんじゃなくて、消えたのかも知れないって」

あのゲームを終えた時には、4人しかいない。4人で始めて5人に増えてまた4人にもどったのではなく、最初から5人で始めて、終えた瞬間に4人になったのではないか、と言うのだ。しかし俺たちは言うまでもなく最初から4人だった。なにをいまさらという感じだが、京介さんはこう言うのだ。よく聞くだろう、神隠しってやつには最初からいなかったことになるパターンがある、と。

つまり、消えてしまった人間に関する記憶が周囲の人間からも消えてしまい、矛盾が無いよう過去が上手い具合に改竄されてしまうという、オカルト界では珍しくない逸話だ。

しかしいくらなんでも、5人目のメンバーがいたなんて現実味が無さ過ぎる。その人が消えて、何事もなく生活できるなんてありえないと思う。

しかし師匠はその話を聞くと、感心したように唸った。

「あのオトコオンナがそう言ったのか。面白い発想だなあ。その山岳部の学生の逸話は、日本では四隅の怪とかお部屋様とかいう名前で古くから伝わる遊びで、いるはずのない5人目の存在を怖がろうという趣向だ。それが実は5人目を出現させるんじゃなく、5人目を消滅させる神隠しの儀式だったってわけか」

師匠は面白そうに頷いている。

「でも、過去の改竄なんていう現象があるとしても、初めから5人いたらそもそも何も面白くないこんなゲームをしますかね」
「それがそうでもない。山岳部の学生は、一晩中起きているためにやっただけで、むしろ5人で始める方が自然だ。それからローシュタインの回廊ってやつは、もともと5人で始めるんだ」

5人で始めて、途中で一人が誰にも気づかれないように抜ける。抜けた時点で回転が止まるはずが、なぜか延々と続いてしまうという怪異だという。

「じゃあ自分たちも、5人で始めたんですかね。それだと途中で一度逆回転したのはおかしいですよ」

5人目が消えたなんていうバカ話に真剣になったわけではない。ただ師匠がなにか隠しているような顔をしていたからだ。

「それさえ、実際はなかったことを5人目消滅の辻褄あわせのために作られた記憶だとしたら、ストーリー性がありすぎて不自然な感じがするし、なんでもアリもそこまでいくとちょっと引きますよ」 「ローシュタインの回廊を知ってたのは、追加ルールの言いだしっぺのオトコオンナだったね。じゃあ、実際の追加ルール はこうだったかも知れない

『1.途中で一人抜けていい。2.誰もいない隅に来た人間が、次のスタート走者となり、方向を選べる』

とかね」

なんだかややこしい。

俺は深く考えるのをやめて、師匠を問いただした。

「で、なにがそんなに面白いんですか」
「面白いっていうか、うーん。最初からいなかったことになる神隠しってさ、完全に過去が改竄されるわけじゃないんだよね。例えば、誰のかわからない靴が残ってるとか、集合写真で一人分の空間が不自然に空いてるとか。そういうなにかを匂わせる傷が必ずある。逆に言うとその傷がないと誰も何か起ってることに気づかない訳で、そもそも神隠しっていう怪談が成立しない」

なるほど、これはわかる。

「ところでさっきの話で、一箇所だけ違和感を感じた部分がある。キャンプ場にはレンタカーで行ったみたいだけど・・・・・・4人で行ったなら、普通の車でよかったんじゃない?」

師匠はそう言った。

少なくとも京介さんは4人乗りの車を持っている。わざわざ借りたのは師匠の推測の通り、6人乗りのレンタカーだった。

確かにたかが1泊2日。ロッジに泊まったため携帯テントなどキャンプ用品の荷物もほとんどない。どうして6人乗りが必要だったのか。どこの二つの席が空いていたのか思い出そうとするが、あやふやすぎて思い出せない。どうして6人乗りで行ったんだっけ・・・・・・

「これが傷ですか」
「どうだかなぁ。ただアイツが言ってたよ。かくれんぼをしてた時、勝負がついてないから粘ってたって。かくれんぼって時間制限があるなら鬼と隠れる側の勝負で、時間無制限なら最後の一人になった人間の勝ちだよね。どうしてかくれんぼが終わらなかったのか。あいつは誰と勝負してたんだろう。」

師匠のそんな言葉が頭の中をあやしく回る。なんだか気分が悪くなって、逃げ帰るように俺は師匠の家を出た。

帰り際、俺の背中に

「まあそんなことあるわけないよ」

と師匠が軽く言った。実際それはそうだろうと思うし、今でもあるわけがないと思っている。ただその夜だけは、いたのかも知れない、いなくなったのかも知れない、そして友達だったのかも知れない5人目のために、祈った。
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