麻雀

師匠は麻雀が弱い。もちろん麻雀の師匠ではない。霊感が異常に強い大学の先輩で、オカルト好きの俺は彼と、傍から見ると気色悪いであろう師弟関係を結んでいた。

その師匠であるが、2、3回手合わせしただけでもその実力の程は知れた。

俺は高校時代から友人連中とバカみたいに打ってたので、大学デビュー組とは一味違う新入生としてサークルの先輩たちからウザがられていた。師匠に勝てる部分があったことが嬉しくて、よく麻雀に誘ったが、あまり乗ってきてくれなかった。弱味を見せたくないらしい。

1回生の夏ごろ、サークルBOXで師匠と同じ院生の先輩とふたりになった。なんとなく師匠の話しになって、俺が師匠の麻雀の弱さの話をすると、先輩は

「麻雀は詳しくないんだけど」

と前置きして、意外なことを話し始めた。

なんでも、その昔師匠が大学に入ったばかりのころ、健康的な男子学生のご多聞に漏れず麻雀に手を出したのであるが、サークル麻雀のデビュー戦で役満(麻雀で最高得点の役)をあがってしまったのだそうだ。それからもたびたび師匠は役満をあがり、麻雀仲間をビビらせたという。

「ぼくはそういう話を聞くだけだったから、へーと思ってたけど、そうか。弱かったのかアイツは」

いますよ、役満ばかり狙ってる人。役満をあがることは人より多くても、たいてい弱いんですよ。俺がそんなことを言うと、

「なんでも、出したら死ぬ役満を出しまくってたらしいよ」

と先輩は言った。

「え?」

頭に九連宝燈という役が浮かぶ。一つの色で1112345678999みたいな形を作ってあがる、麻雀で最高に美しいと言われる役だ。それは作る難しさもさることながら、「出したら死ぬ」という麻雀打ちに伝わる伝説がある、曰く付きの役満だ。

もちろん僕も出したことはおろか、拝んだこともない。ちょっと、ゾクッとした。

「麻雀牌をなんどか燃やしたりもしたらしい」

確かに九連宝燈を出した牌は燃やして、もう使ってはいけないとも言われる。俺は得体の知れない師匠の側面を覗いた気がして、怯んだが、同時にピーンと来るものもあった。

役満をあがることは人より多くても、たいてい弱い・・・

さっきの自分のセリフだ。つまり、師匠はデビュー戦でたまたまあがってしまった九連宝燈に味をしめて、それからもひたすら九連宝燈を狙い続けたのだ。めったにあがれる役ではないから、普段は負け続け。しかし極々まれに成功してしまい、そのたび牌が燃やされる羽目になるわけだ。

俺はその推理を先輩に話した。

「出したら死ぬなんて、あの人の好きそうな話でしょ」

しかし、俺の話を聞いていた先輩は首をかしげた。

「でもなあ・・・チューレンポウトウなんていう名前だったかなあ、その役満」

そして、うーんと唸る。

「なんかこう、一撃必殺みたいなノリの、天誅みたいな」

そこまで言って、先輩は手の平を打った。

「思い出した。テンホーだ」

天和。俺は固まった。

言われてみればたしかに天和にも、出せば死ぬという言い伝えがある。しかし、狙えば近づくことが出来る九連宝燈とは違い、天和は最初の牌が配られた時点であがっている、という完璧に偶然に支配される役満だ。狙わなくても毎回等しくチャンスがあるにも関わらず、出せば死ぬと言われるほどの役だ。その困難さは九連宝燈にも勝る。その天和を出しまくっていた・・・

俺は師匠の底知れなさを垣間見た気がして、背筋が震えた。

「出したら死ぬなんて、あいつが好きそうな話だな」

先輩は無邪気に笑うが、俺は笑えなかった。それから一度も師匠とは麻雀を打たなかった。
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