御守りなら何でも
一昨日久方振りに夜勤に入ったとき、自分的にはものすごく怖い目にあったので投下。

ケイさんがいなくなってから一か月が過ぎ、周りも俺も最早ケイさんの存在なんか時折思い出すくらいになっていた。しばらく家庭の事情で仕事を離れていた俺も職場復帰し、その日は久し振りに夜勤だった。ケイさんがいなくなってからは初めての夜勤かもしれない。

その日の夜勤は同期の松田と途中入社の新人の3人で、俺は4階に待機していた。4階はケイさんがいつも待機していた階で、俺もどことなく安心感があった。

そして夜12時を回った頃、早寝の俺は仮眠を取る為、ステーションを出て4階の仮眠室に入った。ケータイのアラームをセットし、薄っぺらい布団にくるまって眠りにつく。久し振りの夜勤で疲れたのか、俺はすぐに寝入った。

が、不意に目が覚めた。ケータイを見ればまだ30分しか経っていない。もう一眠りしようかと再び目を閉じた。そのとき。

ドンドンドンドン!!!!

と激しく仮眠室のドアを叩かれた。松田か新人だと思い、

「何の用だ?」

と声を掛けるが返事はなく、

ドアはますます強く叩かれた。そこでようやく、おかしいと気付いた。仮眠室のドアは単なる引き戸だ。用があるならすぐに入ってこれるはず。

なのに相変わらずドアは激しく叩かれている。まさか…と、血の気が引いた。しかしドアを叩く音は鳴りやむことはなく。さらには窓までドンドンと叩かれた。

「うわあぁあっ!!!」

俺は叫んで布団にくるまって、ガタガタ震えながら、鳴りやむのを待った。

こんなの、今までケイさんと体験してきたことに比べたら対したことじゃない。だが、今はもう頼りのケイさんはいない。それはものすごく不安要素だった。しかも祈りは届かず、叩く音は激しさを増して行く。尋常じゃない恐怖だった。それに絶えきれなくなった俺は、恥も何もかも捨ててある番号に電話を掛けた。

「…もしもし。」

4コールほど掛かったとき、すこぶる機嫌の悪そうな低い声が電話越しに響いてきた。聞き慣れたガラガラの低い声。紛れもなく、ケイさんだ。

「ああぁあぁケイさん助けてくださいぃいぃ!!!」

半泣きになりながら状況を説明すると、ケイさんの声は更に3オクターブほど低くなり、

「マジでお前死ねよ。俺がいねえとなんもできねーのかよカス。」

とものすごく不機嫌そうな返事が帰ってきた。

しかし引き下がるわけにもいかず

「ケイさんいないと何もかもできません」

と即答した。

するとケイさんは多少気をよくしたのか、

「カスのくせに随分素直だな。取りあえず仮眠室からは出れそうか?」

と言った。しかし怖くて出られるはずもない。と伝えると

「だろうな」

と苦笑して、言った。

「仮眠室のカラーボックスの一番下に俺が置いといた特殊な御守りがある。取りあえずソレ握って、寝ろ。中には入って来れないはずだから。ただ、返事はするなよ。引っ張られるぞ」

俺は即座にカラーボックスを漁り、赤い御守りを見つけると潰れるほど握り締めた。

「じゃあ、もう切るからな。健闘を祈る。」

ケイさんはそう言って電話を切った。珍しく優しかったなあと思いつつ俺は御守りを握り締めて眠った。相変わらずドアは叩かれていたが、ケイさんの御守りのおかげでもうちっとも怖くなく、俺は安心して爆睡した。

いなくなってもケイさんの存在はすごく大きいままなんだと実感した。

アラームが鳴り、仮眠を終えるとドアはもう静かになっていて、恐る恐るドアを開けても何も異変はなかった。

ケイさんに心から感謝しつつ御守りを見た。



よく見るとそれは、安産祈願の御守りだった。



なにが特殊な御守りだ。

男で独身のケイさんが何故安産祈願の御守りを持っていたのかは謎だが、取りあえず 次にケイさんに会ったときは一発殴ってやることを心に決めた。
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