疫病神
10月になったばかりの某日、ケイさんが職場に遊びに来た。大騒動を起こして辞めたくせにちゃっかり遊びに来れる神経がオカルトだと俺は思う。ケイさんは和気藹々と職員の皆と喋り、1時間ほど滞在して帰った。
そしてケイさんが遊びに来た日の夜、心筋梗塞を起こして84歳の患者さんが亡くなった。偶然だろうが、やっぱりケイさんは死神か疫病神か何かの類なんじゃないかと、俺は本気で思った。
そして、またひとつ嫌な思い出を思い出した。前置きが長くなったが、本題に入る。
確か、去年の正月だったと思う。寮生組の俺とケイさんと俺の同期の松田は、新年早々夜勤が入っていた。
冬、特に1月〜2月ってのは、寒いからか患者が亡くなる率がすごく上がるんだが、今年も例外なく「今夜が峠」みたいな患者が新年早々数名いた。
死後処置の面倒臭さはハンパじゃないので、翌日のことを考えて、その日は皆、萎えまくっていたように思う。
夜、俺と松田がテキトーに各階の巡回をして、カルテを書いていた中、ケイさんは休憩室で御神酒と称して酒を飲んでいた。アル中めが。
そしてカルテも書き終わったころ、突然ナースコールが鳴った。405号室----空部屋からだった。
しかし実際、ナースコールの誤作動ってのは結構あって、誰もいない部屋からコールがあるってのは珍しくもなんともなく、恐くもなかった。
ナースコールを止め、俺と松田はカルテを書き続けた。…が、またナースコールが鳴った。同じ405号室から。
「ちょっと俺、切ってくるわ」
松田が立ち上がって、405号のナースコールの主電源を切りに行った。俺はそれを見送って、カルテを書いていた。そのとき、ふと気付いた。
松田の後ろに、誰かがいる。
「…?」
目を懲らすと、病衣を着た男だとわかる。暗くて顔が見えないが、チラリとこちらに横顔が見えたとき、俺は心臓が跳ね上がった。
それは、『今夜が峠』の患者のひとりで、三日くらい前から昏睡状態だった岡田さんだった。アングリと口をあけて、焦点の定まらない目をしている。
両手は不自然に前に垂らされ、やたら猫背になって、松田の後をついていく。松田は岡田さんを引き連れて405号室に入っていった。
俺は思わず松田を呼び止めそうになった。すると、
「お前といい松田といい、揃いも揃って役立たずな上に疫病神たぁどうゆうことだ」
背後から声。言わずもがな、ケイさんである。いつのまに立ってたのか、酒が入っても相変わらずの無表情で俺の背後にいる。
「ケイさん、あれ…」
「よーく見てみろ。ホラ。」
ケイさんが促す。廊下に目をやり、俺は再び心臓が跳ね上がった。
増えてる。405号室から出て来て、こちらに歩いてくる松田の後ろに、人が。増えていた。なかには、違う病棟の患者もいる。
皆一様に、アングリと口をあけて、焦点の定まらない目をして、両手は不自然に前に垂れ、やたら猫背になって、松田の後をついていく。
「あ、あ、あれ、前田さんに、C病棟の宇佐美さんですよね…」
恐る恐る話しかけるが、ケイさんは欠伸をして、
「C病棟は管轄外だ。俺の知ったこっちゃねーよ」
と冷たく言い放った。この人は本当に看護士なのだろうか?
「ケイさん、あれ、どうするんですか」
あの人たちは無害なのか、松田は大丈夫なのか、気になって聞いた。しかしケイさんは再び大欠伸をすると、
「人間てのは寂しがりだから、誰かを道連れにしたがりやがる。旅は道連れ、なんとやら、ってやつだ。自分以外に2人も連れてくんだ、これ以上は大丈夫だろうよ。ま、松田が死んでも、死後処置やんのは俺らじゃねーし。いんじゃね?どうでも。」
と言った。
ケイさんの言い方に若干恐怖は感じたものの、とりあえず松田は大丈夫だとわかり、俺は息をついた。何も知らない松田はニコニコしてこちらに向かってくる。もう後ろには何もいなかったので、俺は安心した。
そのとき、ケイさんがポツリと呟いた。
「俺が夜勤だと、人がよく死ぬなぁ。」
俺は思い出す。あの患者が亡くなったのも、この患者が亡くなったのも、ほとんどケイさんが夜勤だった夜のことだった、と。ケイさんは俺を疫病神と呼んだが、本当に死神か疫病神か何かの類なのは、ケイさんじゃないだろうか。
酒片手に休憩室に入ってくケイさんの背中を見送りながら、俺は思った。
翌日、死後処置に追われて大変だったのは、言うまでもない。
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