ケイさん
俺の職場には、いわゆる『見える人』がいる。仮にケイさんとしておくが、この人は本当にヤバい人だ。見た目はちょっと派手なだけで、ほかは割合普通の男の人なんだけど。

やっぱり違う。

まあ、俺もいわゆる『感じる人』で、はっきり見えたりはしないが、しばしば嫌な気配を感じたりすることはあった。でもケイさんはケタが違う気がする。

ちなみに職場ってのは病院、しかも老人や重病者が集まる、つまりは末期医療専門の病院だ。ケイさんは看護師さん、俺は介護職員をしている。そんな職場だから、人の死を目の当たりにすることは多々ある、いやむしろ毎日だ。

でも、幽霊ってのは、そうそう簡単には現れない。いくらバタバタ人が死んでも、みんな幽霊になるってわけじゃないだろうし。幽霊だのお化けだの、見えないのが普通だ。

だけど、ケイさんは違う。

「石田さん。」

ケイさんは、突然なにもない廊下の隅に話掛けたりする。

「ここにいてもダメです。ほら、お部屋に戻ってください。」

まるで誰かがそこにいるように、話掛ける。誰もいないのに。

俺も最初は、アル中か何かで幻覚見てんだろ、アブねーやつ。とか思ってたけど、その考えは間違っていたことに気付いたのが、ちょうど半年前のこと。

その日、ケイさんと俺は夜勤で、早寝のケイさんはあと10分で仮眠、俺は巡回に行くはずだった。なのに、

「…おい。」

カルテを書いてると、すっげぇ不機嫌な声で、ケイさんが声掛けて来た。ただでさえ目付き悪いのに、睨まれると目茶苦茶ビビる。

「な、なんですか」

俺は、怯えながら返事をした。ケイさんは苛々した様子で、俺の肩に何かを投げ付けてきた。

「余計なモン連れてきてンじゃねーよ。」

明らかに怒ってるケイさんが投げてきたのは、鏡だった。

そういえば、ケイさんの怒気にあてられてあまり気にしてなかったが、さっきから異様な寒気がしている。それに気付いて、恐る恐る鏡を覗く。

すると。

「あ、あ、あああああ」

腕、っつーか、指?が俺の肩に乗ってた。ちょっと考えられない折れ曲がり方した指。中指と一差し指が三つ折りになってる。明らかに、生きてる人の指ではない。しかも俺は、その指に見覚えがあった。

「さ、坂上さんだ…」

その指の先にある小さなホクロ、一薬指につけられた安物のリング。それは間違いなく、坂上さん…数時間前に肺炎で亡くなったじいさんの指だった。違うのは、その指の曲がり方だけ。

ベキベキ音をたてながら、今度はリングがされた薬指が三つ折りになる。

「ケイさん!!助けてください!!」

俺はケイさんに助けを求めた。なのにケイさんは、

「俺、坂上のじーさん嫌いなんだよな。」

ションベンくせーし、ワガママだし。と、看護師としてあるまじき暴言をはいて、煙草に火ぃつけやがった。

「ケイさん…」

半泣きになってすがる。でも、このドSな先輩は謗らぬ顔で。恥ずかしながらこの歳になって俺は泣きべそをかきまくっていた。

そんな俺がいい加減ウザくなったのか、ケイさんは「んー」と唸ると、

「坂上さん。連れてく人が違いますよ」

と、俺の背中の向こう側に声を掛けた。その途端、空気は軽くなり寒気は消え、

「ああ、いなくなった」

と俺は無意識に思った。そして、ケイさんに死ぬほど感謝した。

でも当のケイさんは

「お前、ヤられやすいから気ぃつけろ。つか俺に迷惑かけんなウザイ。死ね。」

と言い残すと、仮眠室に消えていった。しかしそれから数分後、ケイさんは

「エンゼルの用意しとけよ」

と仮眠室から顔を出した。エンゼル、ってのはつまり、死後処置だ。

「何でデスか」

聞き返すと、

「坂上のジジィ、死んでからも迷惑掛けやがって。死人はさっさと死んどけよ」

と意味不明なことを呟き、また仮眠室に引っ込んだ。

それから数時間後、ケイさんが仮眠を終えた頃。立て続けに患者が2人亡くなった。俺は嫌な予感を覚えながら、準備していたエンゼルを行った。

仕事が終わり一息つくと、ケイさんがこれ以上ないくらい不機嫌そうな顔で戻ってきた。

「ケイさん、まさか、」 「テメェのせいで散々な夜勤だった。あのまま放っとけばよかったかな」

俺が聞き終える前に、ケイさんが言った。

「じゃあやっぱり」 「逝き遅れた年寄りほど見苦しいモンはないぜ。手当たり次第連れていきやがる。」

やっぱりあのとき、坂上さんは僕を連れていくつもりだったらしい。それをケイさんが助けてくれたんだ。だから坂上さんはかわりに患者さん二人を連れてったんだと思うと多少胸が痛んだが、俺はとにかくあらためてケイさんに感謝した。 。 「ありがとうした、俺、なんて御礼言ったらいいか…」
「あん?当然だろ?」

ケイさんが煙草に火をつけながら言った。

「あんときお前が連れていかれてたら、俺の仮眠時間が無くなってたじゃねぇか。」

このセリフを聞いたときほど、ケイさんを怖いと思ったことはなかった。

今現在、ケイさんはある厄介なことをやらかして休職中だが、あの人とは他にもいくつかヤバイ体験をしたので、とりあえずあの人が職場復帰するまでに、いくつか書いていきたいと思う。
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