ビー玉の作り方

大学1年の春だったと思います。

小学校以来の親友であるIから電話がありました。

「休みだから爺ちゃんのとこ行こうと思うんだけど、一緒に来ないか?」

みたいなことを言っていました。

彼女は友達と旅行中でしたし、あと数日は何も予定は入っていませんでした。

両親からの仕送りも来たばっかりで金銭的にも余裕があったので、故郷の家族への顔出しも兼ねて、ついていくことにしました。

故郷は以前とほとんど変わっていませんでした。

駅前からタクシーを使って、Iのおじいさんのお寺まで行きました。

「おお、来たかい」

小学生の時何度もこのお寺に行きましたが、おじいさんの第1声はいつも同じでした。

それから僕たちは、お寺でおじいさんといろいろ昔話をして過ごしました。

夜、僕は実家に帰ろうとしましたが、おじいさんが

「こっからMくん(僕)の家まで結構離れてるから、今日は泊まって行きなさい」

と、僕たちに一部屋貸してくれました。

僕たちはそれなりに広い部屋で、夜遅くに床につきました。

「M、起きてるか?」

と、Iが声をかけてきました。

I「あのさ、正月にお前と彼女に、Rちゃんとかいったっけ?御守りやったろ?」
僕「うん」
I「俺がここに来たのはそれのことを探るためなんだ」
僕「どういうこと?」
I「この寺の裏に山あるだろ?」

このお寺の裏手には山があり、小さい頃、僕やIは危ないからと近付かせてもらえませんでした。

I「3ヵ月にいっぺん、同じ日に爺ちゃん必ずあの山に入るんだよ。中学の時だったかな?入口で隠れて帰ってくんの待ってたんだ。で、そん中にお前にあげたみたいな玉が見えたんだよ」 I「そんで、明日がガキの頃爺ちゃんが山行ってた日なんだよ。一緒に探ってみないか?」

興味を引く話でした。その山に子供が近付けないのは分かりますが、僕の知る限り、大人も立ち入ることは無かったと思います。単に危ないから、というわけでない理由があるのかもしれないと思いました。

僕は、この話に乗ることにしました。

翌日。

I「今日はこいつとこの辺いろいろまわってくるよ」
「そうかい、行っといで」

と何の疑いも無くおじいさんは僕たちを送り出してくれました。そして、僕たちはお寺から出た後すぐに裏口から中に入り、おじいさんが出て来るのを待ちました。

30分もしないうちにおじいさんは出てきました。大きめの袋を持っていました。真っ直ぐお寺の裏山に向かって行きました。

僕たちは、後をつけました。

おじいさんはどんどん山の奥へ進んでいきます。外から見るとその辺の山と大して変わらないのですが、中に入るとなぜか緊張しました。幸い、おじいさんが長年通っていたからか、地面が踏みならされ細い道になっていたので、迷う心配はありませんでした。

最初は、木はたくさん生えていましたがそれなりに明るく、鳥の声も聞こえたりしていましたが、奥に進むにつれて薄暗くなり、シーンとなって、先を進むおじいさんの数珠のジャラジャラという音しか聞こえなくなりました。

僕もIも、初めはヒソヒソ話しながら進んでいましたが、いつからか互いに押し黙ったまま、おじいさんに気付かれないギリギリの距離を保ちながら、ついていきました。

開けた場所に出ました。大きな池のようなところでした。

空は曇っており、霧があったのを覚えています。

おじいさんは池の前で止まり、両手を合わせ、何やらお経みたいなものを唱えはじめました。僕たちはその様子を影から見ていました。

しばらくしてお経が終わると、おじいさんはジャブジャブと池に入っていきました。そして、膝上半分がつかるくらいまで進むと、水面をじっと眺めていました。

しばらくすると、今度は先に進まず、横に移動しました。そしてまた立ち止まり、水面を凝視しました。

しばらくすると、おじいさんは腕まくりをし、池に両腕を突っ込みました。何かを取ろうとしているようでした。そして、両腕を引き上げると岸に向かって戻り始めました。両手には、僕がもらったものと同じ、ビー玉のようなものがたくさんありました。

おじいさんは岸に上がると、置いてあった袋にビー玉を入れました。そして、また池に入り、右に行ったり左に行ったりして、ビー玉を取っては戻り、袋に入れていきました。

それを数回繰り返した頃、袋にビー玉を入れるおじいさんが突然こちらを向き、

「来ちゃったんかい」

と、僕たちに話しかけてきました。

僕「すいません。後をつけてしまって」

おじいさんは

「いや、かまわんよ」

と笑って許してくれました。

I「ここはどこなんだ?」

Iがおじいさんに尋ねました。

「ここには、竜神様がいらっしゃるんだよ。お前にも話そうと思ったんだがな」

おじいさんの話はこんな内容でした。

「わしらの家が代々、竜神様をお祠りしているのは知っとるな?」

僕の故郷のある地方は竜に関する伝説がたくさんあり、僕の母校ではありませんが、高校の文化祭の名前に「竜」の字が使われていたりします。

おじいさんによると、随分昔、この辺は長い間雨が降らず、飢饉になったことがあったそうです。その時、Iのご先祖がこの池に棲むという竜神に祈りを捧げ、雨を降らせてもらい、村は全滅を免れたそうです。

竜神は優しい神様だったらしく、村にとって縁起の悪いものを池に沈めるとそれを浄化して、清いものに変えてくれたといいます。そして、後にそれを取り出し、村の神聖なるものとしたそうです。

それは沈めておけばおくほど効果が増すとされ、定期的に取りに行ってはお寺で管理し、村に災いが起きると、その深刻さに合わせて「神聖なるもの」を使い分けたそうです。

今はほとんどの池が水田になったりしてしまったそうですが、開発を免れたこの辺りでは、今もその風習が残っているそうです。

「今もやってんのは、もしかしたらここくらいかもしれんなあ」

と、おじいさんは笑っていました。

「近付くでないぞ」

池を覗き込もうとしたIをおじいさんが注意しました。顔も声も、いつもと変わらず優しいままでしたが、どこか凄みがありました。

帰り、僕たち3人は山を出るまで無言でした。

その日の夜、今度こそ実家に帰った僕は、今日聞いた話を家族に話しました。両親は、飢饉の際に竜神に雨乞いをしたことは知っていましたが、その池が裏山にあったこと、そこにものを沈めたことなどは知りませんでした。祖母にも聞いてみましたが、

「竜神様の話はむやみにしない」

と、なぜか取り合ってくれませんでした。

翌日、僕は今度こそ本当にこの辺をいろいろまわってこようと思ったのですが、Iには

「調べることがある」

と断られてしまいました。

結局、その日は1人で故郷を歩き回り懐かしさを満喫して、次の日、両親に帰りの電車賃を出してもらい、故郷に別れを告げました。

つい最近です。

突然Iから電話があり、

「話がしたい」

ということで、駅前まで呼び出されました。以下はその時の会話です。

I「前、爺ちゃんのとこ行ったの覚えてるか?」
僕「山行ったやつだろ?」
I「あれから、いろいろ調べたんだよ」
I「神様の棲むところに何か悪いものを持ってってなんとかしてもらうってのは、俺たちのとこだけじゃなくて、結構いろんなとこであったらしい」
I「でも、それだけじゃなかったんだ。昔の人は、神様のとこに何か持ってく時、必ず見返りになるものを用意したらしい」
僕「見返り?」
I「生け贄だ。兎だったり犬だったり、人の子供だったとこもある」
I「もっとすごいとこじゃ、わざと子供を殺して、何かにその血を塗って、神様のとこに持ってったりしたらしい。ヤバい時に備えて、ってことなんだろうな」
僕「それじゃ、逆に天罰が下るんじゃないか?」
I「俺もそう思ったんだけどさ。子供を殺した奴は、殺した後に使った刃物で死んだらしい。それでチャラってことにしたかったんじゃないか?」
I「で、神様のとこに行く奴が死んだ子供と、血を塗ったものと、殺した奴が使った刃物を持ってって、後になって血を塗ったものだけ取りに行ったんだってよ」

何と言っていいか分かりませんでした。

I「そんで、山行った次の日、俺調べ物があるって言ったろ」
I「あん時、家と寺の蔵にこっそり入ったんだ」
I「いろいろ本とか巻物とかあったけどさ。まあ古いし字も昔のやつでさ、ほとんど読めなかったんだ」
I「でも、ほんの少しだけど挿絵があったんだ」

I「あの池と、鉈と、小さい玉だった。あのビー玉だよ」

祖母が「竜神様の話はしない」と言っていたのを思い出しました。

I「図書館とか史料館にも行ったんだ。子供が死ぬなんて昔は珍しいことじゃなかっただろうけどさ。俺ん家と他の幾つかの家は、つい最近まで十数年に一度、産まれたばっかの子供が死んでんだよ。だいたい同じくらいに身内とか近所にも不幸があったみたいだ」

僕が小さかった頃、叔父の産まれたばかりの三男が亡くなり、次の日に近所のおじいさんも亡くなり、同時に告別式をやるということがありました。おじいさんの棺には皆で花を入れたりしましたが、三男の棺は一度も開かれなかったと思います。

I「俺さ、親とか爺ちゃんに結婚したら故郷戻ってこいって言われてんだけどさ」
I「…絶対に戻んねえわ」

僕も似たようなことを祖母に言われたことがあります。

「仕事が見つかんなかったらね」

と言い続けてきましたが、考えを改めなくてはいけないかもしれません。

「近付くでないぞ」
「今もやってんのは、もしかしたらここだけかもしれんなあ」

この言葉が、今ではひどく不気味に思えます。
⇔戻る