プラネタリウム
大学1年の秋、前日に1日かけて部屋を掃除し、僕は彼女(仮にR)の到着を待っていました。時間はちょうど正午。
きっかけは3日前、Rが
「見せたいものがある」
ということで、僕の家に来たいと言ったことです。
Rの持ってくるものも気になりますが、僕にとってもっと重要だったのが、Rが家に来ることそのものでした。どちらかがどちらかの家に行くのは、初めてでした。
などと考えてるうちにインターホンが鳴りました。Rでした。
R「どうしたの?顔赤いよ?」
緊張していたのは僕だけだったようです。
Rはテーブルに大きめのダンボール箱を置きました。そこには「The Planetarium」と書かれていました。
R「プラネタリウムだって。駅前で売ってたんだよ?すごい並んでた」
最後の1個だったそうです。
Rは箱を開け、黒い球体を取り出しました。よく見ると表面に無数の穴が開いています。中にライトがあり、穴から漏れ出る光が星空を作る仕組みなのでしょう。
僕は部屋唯一の窓の雨戸を閉めました。元々薄暗い天気だったこともあり、完全に真っ暗になりました。
Rはスイッチを入れました。
真っ暗闇がとてもきれいな星空に変わりました。僕たちは学校で聞いた程度の名前の星や星座を探したりしました。
携帯を見ると、午後2時半くらいでした。闇に目も慣れてきました。星探しも飽きてきた頃、僕は「プラネタリウム」がどうなっているのか気になってきました。
この球体、電源スイッチはあっても電源コードも、電池を入れるところもありませんでした。ソーラーかとも思いましたが、それらしいものは一切ありませんでした。
僕は中を覗いてみることにしました。
穴が小さいので、ほとんど顔をくっつけるようにして、ようやく中を見ることができました。
僕「え!?」
信じられませんでした。
中には無数の小さな光、そして、中心に大きな光の塊が浮かんでいました。宇宙みたいでした。
中心の光が少しずつ大きくなってきます。それと同時に、体がフワッと浮くような、ジェットコースターに乗った時のような、そんな感覚を覚えました。
光が迫ってきました。
いや、むしろ僕がその光に向かって「落ちて」いるようでした。
「プラネタリウム」の中に入ってしまったのかと思いました。
どんどん落下速度が上がってきて、ものすごい空気摩擦を感じて、とても息苦しかったのを覚えています。
僕は怖くなってきました。
落ちることへの恐怖と、光まで行ったらどうなるか分からないという恐怖です。
ただひたすら落ちて、その光にかなり近付きました。もう大きすぎて視界に収まりません。
成す術なく落ちていると、光の中に何か黒い点が見えてきました。だんだん大きくなって、黒い穴だと分かりました。
穴に落ちてはいけない。落ちたら終わりだ、と直感しました。
でも自由落下している僕にはどうすることもできませんでした。どうしていいか分からず、めちゃくちゃに叫びました。
そのうち、体が熱くなってきました。摩擦で燃えているのだと分かりました。喉が乾いて、熱くて、おかしくなりそうでした。
そのうち、
「ぎゃあああ」
とか
「うわぁぁぁ」
とかいろんな悲鳴が聞こえてきました。まわりに僕以外にもたくさんの火達磨がありました。
顔が焦げて原形が無いもの。腕とか足が無くなっているもの。どれもこれも、耳がおかしくなるくらい大きな声で叫んでいました。唸ってるようにしか聞こえないのもありました。僕もああなるのかと思うと怖くてたまりませんでした。
聞き覚えのある声が聞こえました。Rの声でした。
僕の名前を呼んでいました。でも、僕に見える限り火達磨の中にRの姿はありませんでした。
「あああああああ!」
という一際大きい悲鳴が聞こえたかと思うと、すぐその声は止みました。
穴が目前に迫っていました。
声が途絶えたのは、穴に吸い込まれたからだと思います。
火達磨がどんどん吸い込まれていきました。
穴の奥は全く見えませんでした。
Rの声が大きくなってきました。
穴に近付きすぎて視界は一面真っ暗です。落ちたらどうなるか怖くて仕方ありませんでした。
自由落下から明らかに吸い込まれる感覚に変わりました。さらにスピードが上がり、熱くて、怖くて、何もできなくて、どうしようもありませんでした。
完全に中に落ちると思った時、思いっきり右頬を張られました。
僕は横ざまに倒れ、何かにガツンと頭をぶつけました。まわりが真っ暗なのでさっきの穴の中だと思いました。
しかし、さっきまでの浮遊感や熱さや空気摩擦は感じませんでした。代わりに何か地面を感じました。
突然明るくなりました。電気の明かりでした。
間違いなく、僕は、僕の部屋にいました。
Rが青い顔で僕を見ていました。
「大丈夫?殴っちゃってごめん…」
たしか、こんなことを言ってたと思います。
Rの話では、僕は「プラネタリウム」を覗いたら急に激しく震え、叫びだしたそうです。
大声で呼びかけても反応せず、窓もドアも開かず、電気もつかず、電話もどこにも繋がらなかったそうです。そのうち僕がだんだん熱くなってきて、パニックになって思わず僕を殴ってしまったそうです。
部屋の時計は午後3時を指していました。
とりあえず換気しようと窓を開けました。外は真っ暗…夜になっていました。
窓から見える公園の時計は8時を指していました。
「プラネタリウム」は僕が預かり、今も押し入れに押し込んだままです。
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