明晰夢スレの話

私には昔、霊とかそういうものが見えていた時期があります。別に見ようと思って見えるわけではなく、こっちの気分や事情に関係なく見えるので、実はけっこう困っていました。町を歩いていても、人の後ろに貼り付いている霊が見えて、ひどい時はそれが普通の人間と区別がつかないくらいハッキリ見えるのです。

霊によっては一人でいるものもいて、そういう霊はますます見分けが付きにくい。だから知らずに近づいて、変な波長やオーラを貰ってしまうこともありました。それで一時期体調も崩していました。人付き合いも苦手でした。それが、大学に入ってからは地元を離れたせいか、そういう体質は少し改善されました。サークルに入ってバンドを始めて、少し自分に自信が持てるようになったせいか、かなり社交的な日常を送るようになりました。

ある日、そのサークルで合宿に行くことになりました。合宿と言ってもバンドの練習をするわけではなく、海辺に泊まりがけで遊びに行くだけのものでした。友達と泊まりがけで遊びに行くのは初めてだったので、私は弾む気持ちで合宿を楽しみにしていました。

当日は良い天気に恵まれ、私達は3台の車に別れて出発しました。車の中では会話も弾み、楽しい雰囲気だったのですが、途中からBGMのCDが気になり始めました。アルバムのはずなのにさっきから同じ曲ばかりが再生されているような気がします。無機質なシンセ音が延々続き、私は気分が悪くなって次第に無口になってしまいました。

「酔ったの?」

友達が声を掛けてくれたので、CDのことを言うと、助手席の子がデッキを見て

「別にリピートになってないし、気のせいだろ。」

と言いました。でも、相変わらず同じ曲が繰り返されていたので、こんどは何だか怖くなってきました。

熱海に着くと、海でしばらく遊びました。私はベンチに座ってボンヤリと水平線を見ていたのですが、なんだか眩暈がしてきたので車の中に戻ってウツラウツラしていました。

その時、良くない夢を見たのだと思うのですが覚えていません。エアコンをかけて寝ていたのですが目が覚めると汗びっしょりで、全身がだるい感じでした。そのころには、もうかなり鬱になっていました。せっかく友達と遊びに来たのに体調が悪くて楽しめない。そのときはそう思いました。

その後、みんなで宿泊先の民宿へ向かいました。私はどんどん気分が悪くなって、その頃には殆ど口もきかずに窓の外を眺めていました。車を少し離れた駐車場に置いて、民宿へ。その時、体が何とも言えない悪寒に包まれました。風邪とかそういうのではなくて何か冷たいモノに全身を包まれたように、表面だけが異様に冷たいのです。民宿の前まで来た時、その感覚はもはや耐え難いものになっていました。

私達の泊まる建物の横に大きな小屋のような建物があって、そこから視線のようなものを感じます。見たくなかったのですが、ついついその建物をじっと見てしまいました。すると、2階の小さな窓から誰かがこっちを見ています。パッと見た感じは男の人のようでした。ただ体が青い光を放っていて輪郭がボンヤリしています。

とっさにこれは人間ではないと思いました。窓は小さいのに、窓枠の周りの壁を通して、そいつの体全体が見えるのです。こっちを見ている視線がものすごくイヤな感じでした。私達が来たことを歓迎していないような感覚が伝わってきます。

私はもう限界でした。みんなにここはヤバイという事を説明したのですが納得してくれません。みんなには見えていないのです。しかし、私はもうこの民宿に留まることなど出来ませんでした。その場で皆に別れを告げ、電車で帰ることにしました。幸い近くに駅があるということだったので、民宿の人にそこまで送ってもらいました。

電車の中でも私はさっきの視線を感じていました。全身の悪寒も相変わらず続いていました。体がぐったりと疲れていて、つい居眠りをしてしまいました。すると、またうなされていたようで、私は隣のおばさんに揺り起こされました。車掌さんも心配してくれて

「駅に着いたら病院に連絡するように駅員の人に伝えようか?」

と言ってくれたのですが、私は一刻も早く家へ帰りたかったので申し出を断りました。

駅についてタクシーで自分のアパートまで戻りました。部屋に付くと、とりあえずお香を焚いて玄関や窓辺に塩を盛りました。食欲はなく、シャワーを浴びると私はベッドに倒れ込むように横になりました。眠るのは怖かったのですが、体が睡眠を求めているようで、眠くてしょうがない。それで、電気とテレビを点けっぱなしにして眠ることにしました。

その日の夢のことは覚えています。私はベッドに横になっているのですが、体の中に悪寒が染みこんできて、体にピッタリと収まりました。体が二重になったような感覚です。もう自分の意志では体を動かせません。誰かが私の体を動かして、立ち上がりました。電気とテレビを消して、着替えをし、部屋の外へ出ました。

まだ外は真っ暗でした。アパートの近くに男が一人立っていました。それがあの民宿の隣の小屋から私達を見ていた男だというのは分かりましたが、今は普通の人間っぽい感じで、青い光も見えません。私は気が狂いそうなくらい怯えていましたが、私の体は男の後をついてどんどん歩いていきます。私は為す術もなくそれを見守っていました。

しばらくすると空が明るくなってきました。国道沿いを歩いていた私達の前に一台の車が止まりました。車の中にはジャージの上下を着た男が居ました。この男は普通の人間ぽい感じでしたが、私はパニック寸前でした。しかし、私の体はあたりまえのように車に乗り込みました。私と男を載せて、車は走り出しました。

思った通り、例の建物のところへ着きました。この時はだいぶ体の自由が戻っていたので、両手をテープでぐるぐる巻かれ、口もテープで塞がれ、頭からタオルを被せられて、私は2階の部屋に連れ込まれました。部屋の中は殺風景な感じで、布団や小さなテーブル冷蔵庫ぐらいしか置いてありません。生臭いような匂いが漂っていました。

部屋に入ってすぐに私は服を脱がされ手錠を掛けられました。この先どんな目に遭わされるのだろうと考えると、怖ろしくて仕方がありませんでしたが、男達はさっさと出ていってしまいました。しばらくすると階上で大きな音で音楽が鳴り始めました。足踏みをするような音も聞こえてきて、踊っているのかな?と思いました。それを聞くうちになんだか気持ちが悪くなって、とうとう吐いてしまいました。とても惨めな気分で、ずっと泣いていました。

やがて最初に私の部屋に来た男が戻ってきました。私のゲロの方を見ています。怒られるのか、と思い惨めさと恐ろしさで男の方から目を逸らしていましたが、急に男が顔を寄せてきたので、反射的に壁の方へ逃れました。しかし、思いのほか勢いがあったせいで、壁で思い切り頭を打ってしまい、床に倒れてしまいました。

すると男は私の顔を覗き込んで、口の中に指を突っ込んでくるのです。気持ち悪くて必死で抵抗しましたが、無理矢理口を開かされました。男の指が口の中で何かを探すように動いています。また吐きそうになりましたが、もう胃に何も残っていないのか、オエっとなるばかりで何も出ません。もう本気でイヤになって、口の中の指を噛むとサッと引っ込みました。口の中にヌルヌルしたものが残って、それが生臭くて、その日は食事も喉を通りませんでした。

食事は二人目の男(車を運転していた)が運んできてくれますが、運び終わると部屋から出て行きます。私と最初の男の二人で食事をするのですが、私は手錠をはめられているので上手く食器が使えません。それでも何とか両手でフォークを使って食べるのですが、遠くの皿には手が届きません。そんな時は、男が私の方に皿を寄せてくれるのですが、どうやら男は口が利けないようで、時折うなり声のようなものを上げながら皿をこっちへ押しやってくれました。

男はフォークやスプーンを上手く使えないようで、やたらと手を使って物を食べます。日本人ではないのかな?と思いましたが、もう一人の男が彼のことを「ヒサユキ」と呼ぶので、考えをあらためました。食事の量は、2人分にしては多いと思ったのですが、不思議と全部食べられました。

男達は毎日連れ立って外出するのですが、ドアに鍵を掛けていくので外には出られません。声を上げようとするのですが、元々大きな声を出せない体質な上に、喉が絞られているようで声が出ませんでした。しかも、男達が外出している時は音楽がフルボリュームで鳴っていてちょっとした物音はそれでかき消されてしまいます。また、その音楽を聞いていると私は気分が悪くなって、立ち上がるのもしんどくなるのです。それに服を取り上げられているので、見られてしまうのが怖くて窓を開けることも出来ませんでした。

ただ、男達が私を襲ったりするようなことはありませんでした。動かしたい時に、手を掴んで引っ張るようなことはあったのですが、普段は体に触れる事もありませんでした。どちらかと言えば、それを避けていたような感じでした。

食事以外の時間は、ひたすらボーっとして過ごしていました。新聞もないし、テレビもないので、家のことや友達のことなんかを考えて過ごしていました。最初のうちは良く泣いていたのですが、いつのまにかあまり涙が出なくなりました。気持ちは辛かったのですが、途中から他人事のように思えてきたのです。正直なところ、普段何をしていたのかはほとんど覚えていません。

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