まど

そいつはもともと休みがちな奴だったんだけど、ある日を境に大学の友達が授業でてこなくなった。まあ出てこなくなる前とかちょっと体調悪そうだったからなんか病気かなって思ってたんだけど、来なくなる前の講義中とか居眠りしてたと思ったら血相変えて急に立ち上がって講義室から出て行ったり、なんだか奇行が目立ってた。知り合った当初とかはテンション高くて、まあ、よくいる普通の若者っぽいって言うか大学生らしい大学生してたんだけど今思うとちょっとおかしくなってたと思う。

で、前期のテストがすぐそこまで迫ってるのに全然学校来ないからとりあえず携帯に電話した。普通に電話に出て

「朝起きれなくて」

みたいなことをぼそぼそ言ってた。後ろで誰かが話してるみたいな雑音が聞こえたんで、まあ、友達と遊んでるようなら心配しなくてもいいなと少し安心したんだけどその後テスト始まってからもそいつは全然学校に来ない。もう一回携帯に電話して通話になったんだけど今度は換気扇の音みたいのがうるさくて何か喋ってるようだけど全然聞き取れない。メールとかもしたけど平仮名で「まど」って書いてあるだけの妙な返事が返ってきた。

そうこうしてるうちに前期のテストも最終日を迎えて俺はそいつの家に行ってみようと思った。道順とかは曖昧にしか憶えてないけど以前飲み会の後にそいつのアパートに泊まったことがあったから、あんま深く考えずにそこに向かった。迷ったりしながらもなんとか辿り着いてチャイムを鳴らしたけど出ない。メールも電話もまともにできないししょうがないから書置きでもしていこうかと思ってた矢先に、部屋の中で何か物を落としたようなゴトっていう鈍い音が聞こえた。なんだいるんじゃん、と思ってドアをノックしたけど出てこない。嫌な予感がしたから今度は直接ノブを回してみた。鍵は開いていた。

ドアの隙間からひんやりとした空気漏れてきた。クーラーが入ってるようだ。電気はついてない。名前を呼びながら中に入っていくとベッドの上でそいつは横になっていた。とにかくクーラーが効きすぎていて暑い中歩いてきたというのに体からすでに汗も引いて少し寒くなってきていた。

そんなくそ寒い部屋の中でそいつは薄い素材のパジャマみたいなのを着てるだけで布団も被っていない。ひどく調子が悪そうで目の下には濃い隈が出来ていたしなんだか急に老人になったような感じでずいぶん小さく見えた。俺を見上げるために首を動かすのもだるいようで随分緩慢な動きでやっと顔をこっちに向けてきた。とりあえず俺は体調について聞くと独り言を言うように「だるい」だとか「動けない」だとかそんなことをぼそぼそと答えた。続けてテストに出てこなかったことと携帯に電話やメールをしてもまともに返事が来ないことを尋ねると、

「携帯電話はとられた」

と答えた。

「は?誰に?」

と聞き返すとゆっくりと手をあげて窓のほうを指差した。

「ずっとそこにいるんだ」

そいつの言ってることの意味がわからなくてカーテンのかかった窓をずっと見つめていると外灯の光でカーテンに人型のシルエットが出来ていた。

俺はパニックになりそうだった。ベランダに誰かがいる。体中の毛穴が開き血の気が一気に引いていく。

俺はすぐに玄関まで引き返し靴を履いて逃げ出した。後ろから

「置いていかないでくれ!!」

という悲鳴にも似た声が聞こえていたがとてもかまっていられなかった。駅についてから大分落ち着き、警察に電話しようかどうかしばらく迷ったがあれは犯罪とかそんなもんじゃなくもっと異質な別の何かだと思い連絡しなかった。

家へ帰るとまずカーテンを開き窓を開け放して布団に入った。とにかく怖かった。布団の中で考えまいとしてもどうしても頭に浮かんでくることがあった。確かそいつの家のエアコンの室外機はあの人影を見た窓の外にあったはずだ。俺が電話で聞いた換気扇のような音はその室外機の音だったのかもしれない。俺は携帯のメールから例の「まど」と書かれたメールと着信履歴発信履歴を削除してそいつを着信拒否に設定した。

後期に入ってももうそいつは学校に来なかった。気になったので学生課に聞きに行くとやめたということだった。学生課の中年は

「まーテストとか休んじゃうとねー結構そのまんまやめちゃう子が多くてねえ」

と苦笑いしながら言っていた。

あれからちょうど一年。今年もテスト期間が近づいてきている。年の春に入ってからはカーテンを閉めていても眠れるようになった。なんだかんだバイトや学校で忙しくて、最近は寝に帰るだけだからカーテンを開けてすらいない。

昨日の朝携帯をチェックしたらそいつの番号から着信が入っていた(拒否にしても履歴には残る)。当然かけ返したりはしていないがどうもここのところ窓の外に何かがいるような気がする。

俺はカーテンを開けたほうがいいだろうか?
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