お焚き上げ

あんまりっつーかほとんど怖くないけど、今でも鮮明に覚えてる体験。中学の頃の話。

昔から線香の匂いってのがそれなりに好きだった。たまに外を歩いていて、どこかの民家の床の間からお仏壇に線香を上げてたりするとつい

「おや?」

と気にかかってしまう程度には。

でもまぁ、普通は好んで嗅ごうとするものじゃないよね。アロマテラピーとか流行る前だったし。でもその日だけは、なぜか無性に線香の匂いが嗅ぎたくなったんだなぁ・・・それが始まり。

その日はたまたま家にはじいちゃんとばあちゃんしか居なくって、妹2人も遊びに行ってたんだよ。親父とお袋は共働きで、昼間は家に居ない。じいちゃんが自営業もやってたけど、お店も今日はお休み。来たとしてもお客さんは1人か2人まぁどこにでもよくある、親の目の届かない夏休みの昼下がりってやつだよ。

それでつい、バレなきゃいいだろうと思って店においてあるじいちゃんのライターと灰皿を拝借して玄関脇においてあった(お盆用に用意してたんだろうね)線香を2本、失敬させてもらった。

俺ん家の造りってちょっと違っててね、小さな印刷業やってて1階の半分は作業場だったんだ。正面はいわゆる肉屋とか八百屋のような店屋さんみたいな感じで、家の前は駐車場兼店の入り口になってる。もちろん今日は店側の入り口が閉まってるんだから、こっそり火を使うならそこがベスト。

話は変わるが、俺の家の前には小さい公園があるんだ。遊具も何も残ってないくらい古くて小さいのが。小学校の頃からそこで近所の悪ガキに混じって悪さばっかしてたおかげで、お袋には随分と心労をかけたみたいだ(もう時効だよね?

秘密基地は作れなかったけど、かろうじてコンクリ製の滑り台とブランコが残ってて女も男も年の離れた奴も関係なく遊ぶ分には困らないくらいの広さと荒れた草木があってさ、よくスポーツだの隠れんぼだの鬼ごっこだのして遊んでたから、当時も今も好きな場所。

さて火をつけて線香が煙だしたはいいが、そこで気が付いた。

「家の中に匂いが篭っちゃマズいじゃねーか」

思春期入りたてのガキとはいえ仮にも中学生。いい歳こいて火遊びなんかしたらしばかれるのは確定。窓と換気扇で誤魔化そうにも、線香が消えてくれるまでブンブン音が鳴ってたらじいちゃんが不審に思う。という訳で外まで持っていくことにした。

それでもまぁ、線香持って歩く中学生なんて怪しい絵、まず間違いなく噂が立つ。下手したら通報もの。こっそり忍ぶなら公園の陰が一番だと思い、目と鼻の先の公園に出ることにした。

・・・なんか今思うと、親に隠れてシンナーやってるガキみてぇwww我ながら何やってんだか、と苦笑いしつつ外に出たんだけどね。その時公園から見た光景は今でも忘れられない。

公園をはさんで斜め向かい、友達付き合いのご近所さん(S家)が、通夜をあげていた。

その時はひどく驚いたさ。突然白黒の垂れ幕が掛かってるんだもの。吃驚しながら、

「嗚呼、誰かお亡くなりになったのか」
「きっとこの線香、偶然じゃないな」

なんて思ったらなんとなくそうした方がいいような気がして、持ってた線香をSの家に向けて足元に置いて、火が消えるまで手を合わせてた。

後で親と学校から又聞きしたところによれば、俺より1つ下の末弟さんが白血病か癌で死んだらしい。夏休み前に病院で検査して、発覚したときにはもう手遅れだったらしい。らしい、っていうのは、詳しい話は俺達子供には教えてくれなかったから。それにその家とは、小学校の頃から兄弟そろっての友達だったんだ。両親は葬儀にお邪魔させてもらったみたいだけど、俺や妹達、友達は呼んでもらえなかった・・・本当に急な事だったから、町内会のほうで「その方がいいだろう」って決めたみたい。

結局それっきり、Sん家の兄貴とも疎遠になった。未だに弟さんの遺影は見ていない。

その時はまさかあいつが、とは思ってなかったけど今思えば、もしかしたらあいつ、俺に焼香してくれって呼んでたのかもな・・・

今でもSの家からは、夕暮れ時には線香の香りが流れてくる。その度に、俺はあの日の線香のことを思い出すんだ。
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