懲りた霊
小学生の時、その町ではある噂がまことしやかに囁かれていた。それは、夜人気の無い道を歩いている時にビルとビルの隙間の前に立つとその暗闇から細長い腕が伸びてきて引きずり込まれ、二度と帰ってこれないというものだった。
振りほどこうにもあちらの力はありえないほどに強く助かったのは、偶然服をつかまれて破れた人だけらしい。
「隙間さん」と呼ばれていたそれは、始末が悪いことに特定の「隙間」からだけ出るものではなくその町中で目撃情報が挙がっていた。
それ故当時俺たち小学生はびびりまくり、中学生もびびりまくりヤンキーすら夜の町からいなくなるほどだった。
町がそんな噂で持ち切りだったある夏の日の夜。盆で実家に帰ってきていた従兄(当時22歳だったかな?)が神妙な顔をして家に入ってきた。よく見ると若干顔色も悪い。
なんだか胸騒ぎのようなものがして、どうしたのか聞いた。
「いや、実はな…ちょっと行ったとこにあるビルの隙間から…」
と言う。やっぱりそうか、と思った。
でもそれならおかしいんじゃないか?確かあれからは逃げられないという話だし。
そしてよくよく聞いてみると、予想していたこととは少し違っていた。
「…隙間から伸びてきた手に手首をがしっと掴まれてな、そいつが中に引っ張り込もうとするんだよ。そんでな」
従兄は即座に相手の力をいなすと、こともあろうかそのまま手首を極めてへし折ってしまったのだと言う。
結局、従兄の顔色が悪かったのは化け物がどうのこうのということじゃなく、たとえ変質者相手でもちょっとやりすぎちゃったかな〜ということだったみたい。
感心した俺が町の噂を教えると
「あぁなんだ、よかった。あれ人間じゃなかったのか」
と。
合気道4段の従兄は安堵しておられました。武道やってる人間はみんなああなのだろうか?
そしてそれから10年以上が経ち、俺も大人になってその町から離れた。
つい最近その町に残っている弟に電話をしている時にふとこの話を思い出して聞いてみた。
そしたらなんと「隙間さん」はまだその町に出没してるらしい。ただし、すこし違うところがある。
10年前には「隙間に引きずり込む」という恐ろしい存在だった隙間さんだが今では隙間から手を伸ばして、前を通る人を撫でるだけらしい。弟の友人にも撫でられた奴がいるとか。
人外にも「懲りる」って感情があるのだなぁと思い知らされた。
⇔戻る