草の根BBS

このお話は、80年代末に、ある草の根BBSで実際にあったこととして語られたものです。それ以前には見かけたことはありませんが、もしかしたら、それ以前にもどこかで語られていたものかもしれません。

ある若い男がいました。Aとしましょう。

Aは霊が見えると常々主張する医者の息子でした。金持ちのボンボンであることをいいことに、BBSに常駐しては(当時はまだモデムでつないでいたので、常駐するにも金が必要だった)傍若無人な振る舞いをしていました。今で言う荒らしみたいなもんですが、当時は荒らしにもそれなりの技術が必要でしたし、AもBBSに常駐していることから、BBSのトラブル発生時にはいち早く対応したり(ホストの近所に住んでいたらしい。でもその後、BBS管理者をクソミソにけなすおまけつき)と、まあウザがられつつも受け入れられていたのです。

しかし、Aから度重なる個人攻撃を受けた後輩の男(Bとしましょう)がついに立ち上がったとき、悲劇は起こりました。いや喜劇かもしれません。BはAをウザいなぁと感じていたCおよびBBS管理者D先輩と結託し、AをBBSから追い出す作戦(オペレーション)を開始したのです。ウザい奴には面と向かって言っても通じないということが、それまでのBBSでの会話で判明していたので、Bたちは強硬手段に出ることにしました。

まず、Aがつないでいるその時に、ホストの98を落としてしまいました。Aが管理者D先輩の部屋に電話をかけてきますが当然居留守です。そうするとAは車で部屋までやってくるでしょう。それを待ち受けます。Aが合鍵を使ってDの部屋を開けました。ガチャン。でも室内は真っ暗です。ブレーカーを落としてあるので当然です。

「なんだブレーカー落ちてるのか?」

とか言いながらAがブレーカーを上げます。玄関の明かりが点きます。すると目の前に、天井からぶら下がった女の死体(実は演劇をやっている奴から借りたマネキン)がブラーンと垂れ下がっていました。コンセントをショートさせたままなので、一瞬後またブレーカーは落ちて部屋の中は真っ暗に。しかしビビリのAにはこれで充分でした。変な悲鳴を上げてAは逃げ出そうとしますが、Aが入った後、BとCで外からつっかい棒をかましてあり、玄関の扉は開きません。Aが中で泣き叫ぶのをBとCはニヤニヤしながら聞いていました。

しばらくして、中のAが大人しくなったので、いまさらのようにBとCは扉を開けました。

「あれAさん?何してるんですか?」

しかしそこでBとCは凍りつきました。

Aが玄関先で失禁して白目をむいて倒れていたのです。中に吊るしてあったマネキンはなぜか、くるくると回転していました。とりあえずAはそのまま放置して、マネキンを片付けたりしてると、部屋の主のDも戻ってきました。

「なんかAさんがぶっ倒れちゃったんですよ(笑)」
「うわー小便漏らされちゃったよ…」

そうこうしてるとようやくAが気がつきました。

「あ、あれ?」
「なあA、お前なんで人の部屋で小便もらして気絶してるんだよ?」

Dが問いかけるとAは

「う!」

と一言叫んで、開いてるドアからサンダルも履かずに外に駆け出し、そのまま車に乗って行ってしまいました。

残った3人がマウンテンデューを飲みながら、

「あいつこれでもうBBSには来ないかな」

などと話していると、Aから電話が入りました。近くのデニーズで会いたいというのです。Dの車にBとCも乗り込んで向かいました。店に着くと、Aが落ち着きない様子で待っていました。Dの部屋の鍵を持って来ていました。

「これ返します。あのBBSからは抜けさせてください。いきなり勝手言ってすみません。いままでDさんのお手伝いで管理とかしてきたけど(誰も頼んでねーよ!の無言の突っ込みあり)もう限界です」

BとCはもう笑いをこらえるのに必死な状態です。Dが、いかにも意外そうな口調でAに問いかけます。

「なあ理由教えてくれよ、大体なんでさっきは俺の部屋にいたんだ?」

口ごもるAを、BとCもはやしたてます。

「なんか気になりますよ!」
「教えてくださいよ!」

暫くして、漸くAは語り出しました。

「…いや、最初女の幽霊かと思ってビビったんだけど、暗がりに目が慣れてきて、よく見たらマネキンだったんだよ。それでなんだ、いたずらかよ、ってちょっと安心したり、むかついたりしたんだ。でも、なんか変なんだよ。そのマネキンが、こっちを睨んでいるみたいで、しかもなんか、すこしづつ動いているみたいな気がするんだよ。…で、最初はゆらゆら揺れてる感じだったんだけど、そのうち、マネキン自体がくるくる回り出したんだ。別に振動も何もない部屋の中でだよ。あ〜、こりゃまずい、どっかとつながって、なんか呼んじゃったな、って思って、とにかく外に 出なきゃってドアノブを回すんだけど、回らないんだよ。いや違うな。回るんだけど、鍵が壊れちゃったみたいに、ぜんぜん手ごたえがないんだよ。で一回ドアの方を向いたら、もう怖くて後ろを振り向けなくってさ。相変わらずマネキンは回っている気配がするし…で、目を閉じて南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏って唱えてたら、ふっと気配が消えたわけ。あー去った、って安心したら、

『 つ な ぐ な ! 』

耳元で一言。老婆の声で。気がついたら、みんないただろ?怖いわ恥ずかしいわで慌てて逃げ出したんだよ。俺もうあの部屋には行かない、いや行けないや。このBBSもやばそうなんで、やめます」
「やばそうってなんだよ?」

これから部屋に帰らなければならないD先輩が尋ねます。

「さっき、『みんないた』んですよ。D先輩とBとC、あと、その後ろでこっちを睨んでた老婆の霊。なんか地縛霊系の奴っぽかった。偶然あの場所につながって、連れてこられたみたいな感じで、恨みの念がものすごい感じでした。先輩も引っ越したほうがいいと思いますよ。あの部屋は、もうだめです」

そう言うと、Aは席を立って去ろうとしました。

「あと、言い忘れたんですが、」

Aが去り際に言いました。

「BBSが落ちる瞬間、あの老婆のビットマップを仕込むなんて、まさかD先輩にもできませんよね?俺の98に、なにか来てないといいんですけど…」

Aが去った後、BとCはD先輩と話しました。

「いや、ホスト落とすのだって、いきなりモデム抜いただけだし…あれはAのハッタリですよ!」
「俺もそうだろうと思うけどさ、あの部屋に一人で住んでる俺の身にもなってみろよ…」

その後しばらくして、D先輩は引っ越し、そのBBSは自然消滅したそうです。老婆の霊が本当にいたのか、いたとしたら今はどこにいるのかはわかりません。僕がその話を聞いたときは、

「この話題をBBSで振ると、その老婆がやってくる」

なんてありがちなオチを聞きましたが、その老婆がやってきても

「つなぐな」

と言ってみたりとか、モデムを誤動作させるとかしかしないそうなので、ほのぼの系と言えなくもない…

#大体いまどきモデムなんて使ってないよ、どうすんだ?>老婆の霊(w
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