死後の選択

うちは田舎のある村で、ほんの数年前まで商店をやっていた。何代か続いたお店だったが、スーパーの影響で閉店に追い込まれ、父が最後の店主だった。

父の先代はAさんという。Aさんは若くして店を継ぎ、嫁さんをもらった。その嫁さんが俺の祖母だ。でもAさんは祖父ではない。

Aさんは祖母と結婚後、まもなくして亡くなってしまった。祖母は店の跡取りを作るため、婿を取ったのである。この婿どのが俺の祖父だ。

つまり、うちはAさんの姓こそ名乗っているものの、Aさんの血を引く人間は誰もいないのである。

祖父は一家そろって満州にいたらしい。で、戦争に負けて祖父だけが帰ってきた。身寄りのない祖父は喜んで婿に来たという。(うちの地方では、婿に行くのは男としてとても恥ずかしいことだと言われている。なので婿は名前で呼んでもらえず「○○んちの婿」とバカにした感じで呼ばれる)

俺が中学生の時のこと。満州で離れ離れになり、生死も分からなかった祖父の弟が見つかった。いわゆる中国残留日本人というやつだ。ただ、残念ながらすでに亡くなっていて、遺品などから身元が判明したそうだ。弟さんには息子がいて、その息子さんが来日することになったのである。

来日直前、息子さんからの手紙で我が家は大騒動となった。なんでも祖父の弟さんは遺言で

「兄の行方がわかり、もし日本にいるか日本で埋葬されているなら、自分の骨を持っていって日本に埋めてほしい」

と言っていたらしい。そのため、息子さんは来日の時に骨を持ってくるという。

婿に来る前の祖父の家の墓はすでにどこにあるかもわからない。となると、うちの墓に入れることになるわけだが、墓に入っているのはAさんとAさんのご先祖様だ。

果たしてそこに血のつながりもなければ、Aさんたちが会ったこともない人の骨を入れてもいいものだろうか?

両親や祖母、叔父や叔母たちは一様に困り、答えを出しかねていた。

「反対というわけではないが、どうなのだろうか…。まして姓も違うわけだし…」

うちの墓の近くに新しいお墓を買って、そこに入ってもらおうということで決まりかけた。

だが、祖父が猛反対した。

「ワシは婿に来たから、うちの墓に入る。となると、死んでからも弟とは離れ離れじゃないか! 弟を未来永劫ひとりぽっちにするのか! 頼むから弟もうちの墓に入れてやってくれ」

この一言で、うちの墓に入れることが決まった。お寺さん(うちでは寺のお坊さんのことをこう呼ぶ)に相談したら

「それほど問題はないんじゃないか」

という答えだったのも決定を後押しした。

弟さんの息子が来日し、村を挙げての歓迎式典、納骨が無事に終わった。

息子さんはその後、1週間以上日本に滞在し、俺も行ったことがなかったディズニーランドにも行ったそうだ。

息子さんが帰国して数日経ったころ、祖父が

「写真を送ってやりたい」

と言い出した。式典や納骨の時に役所の人がいいカメラで写真を撮っていてくれたのだが、なかなかその写真を持ってこない。

役所の人と父は釣り仲間なので、父が写真がどうなっているのか問いただした。

「よく撮れなかった」

とか

「いい写真がない」

などとはぐらかして、なかなか写真を見せようとしない。

「じいさんが楽しみにしてるんだから、いいから見せろ!」

と父が怒って、やっと見せてくれることになった。

その場所はなぜかお寺。お寺さんが、たいそうな箱に入れた写真を見せてくれたそうだ。何十枚とある写真のうちのひとつ、お墓の前で全員集合した写真を見て、父は気を失いそうになったという。

喪服を着た親族が並んでいるのだが、なぜか顔だけがぐにゃぐにゃになっている。服や背景は普通に写っているのに、なぜか顔だけがぐにゃぐにゃ。しかも全員。

「だから見せたくなかったんだよ」

と役場の人はため息まじりに言ったそうだ。

お寺さんが

「この写真はおじいさんに見せないほうがいいでしょう。こちらで丁重に扱いますから」

とのことだったので、その写真はお寺さんに預け、残りの写真はもらってきた。俺も見たかったがお寺さんは

「もう焼いた」

と言って絶対に見せてくれなかった。

祖母にこれを伝えたら

「このままだと絶対に良くない事が起こる!」

と言い出したので、祖父には内緒で弟さんの骨を墓から出し、新たに墓を購入して移した。

去年、祖父が亡くなったので、親族一同さんざん悩んだ末、祖父の骨はうちの墓ではなく弟さんと一緒の墓に入れた。

祖母はまだ健在だ。祖母に

「Aさんが眠る墓と祖父が眠る墓、死んだらどっちに入れて欲しい?」

と聞いたら、自分のことはすっかり忘れていたようで、本気で悩んでいた。

俺もいずれどっちかに墓に入るわけだが、どっちに入ったらいいのだろう。みんなで新しい墓に入ったら、やがてうちの子孫はAさんの墓のことを忘れてしまうような気がして不安だ。
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