呪い
〜後編〜
急いで病室に向かった。病室に入りAの姿を見たときはもの凄くショックだった。別人かと思うほどやせ細ったAがそこにいた。動揺してることを悟られたくなかった俺は、個室なんてえらい豪勢だなと笑って語りかけた。するとAは俺これでも結構金持ってるんだよ。笑いながら答えてくれた。
俺は病気のことは全く無知だからよく知らないが、進行の早い癌だと説明された。余命3ヶ月、あまりにも突然の宣告だった。Aは話を続けた。
「呪いだよ」
そう言い放った。俺はすぐさまあるわけ無いと食ってかかった。Aも言い返す、じゃあ偶然にも俺たち家族はこんなにも短期間の間に全員が死ぬのか!Aの目は怒りに満ちていたと思う。
話すうちに冷静になったAは、
「お前に頼みがあるんだ」
俺は出来ることは何でもしてやるから、そう言った。今になればその言葉は言うべきでは無かったと後悔している。Aの頼みとは彼女の事だった。
Aは学生の頃からBという女と付き合っていた。Aの彼女だから俺もよく知っている間柄だった。本当に良い子なんだ。Aにはお似合いの彼女だった。
「Bの事なんだけどさ、お前あいつを口説いてくれね」
それを聞かされた瞬間、俺は呆気に取られた。Aが言うには病気のことを彼女に話した所、今すぐに結婚するんだって言われたらしい。呪いのことは気が引けるらしく言えなかったそうだ。まー言ったところで聞く耳もつ女では無いと思うが。
俺は呆気に取られながらも言い返した。
「俺にも好みはあるんだよ、自己主張のきつい女には興味はない」
それでもAは
「お前以外にそんなこと頼める奴いないんだよ」
そりゃそんなアホなこと頼めるのは俺ぐらいだろうけどさ、それは無理な話だ。俺が俺のままの性格でBの立場でも別れ無いと思うぞ。そう言ってたしなめた。
もしBが俺と結婚したらどうなると思う?Aはそう俺に問いかけた。辛いかもしれないけど本人が望むことなんだから仕方ないだろう。そう答えるしかなかった。結婚して呪いがそのままBにかかったら俺は死んでも死にきれない。Aの言葉は切迫していた。
納得いくわけはない。それでもAが呪いに拘るのであれば、Bと話してみようと俺は思った。俺自身は呪いは否定している。それでもこれだけ続くと正直怖い。俺が別れさせ無かったことが原因でBの身に何か起こったら。そう考えるとたまらない気持ちになった。
俺はそれからすぐにBに連絡を取った。強引に時間を作らせ会う予定を入れさせた。久しぶりに会うBの顔は見るからに疲れていた。お互い笑顔など無かった。
「Aの事なんだけどさ」
そう切り出した、Bは俺の話を遮るように
「別れる気はないから」
その言葉に俺は次の言葉を見失った。それでも何とか平静を装いながら
「いきなりそれかよ」
そう言ってBの顔を見た。Bの目は真っ赤だった。Bにしてみれば俺が何の話をしに来たのか大体は想像ついていたんだろう。Aの代弁を頼まれて来たのだろう事を。しばらく二人は黙っていた。
「別れることはもう出来ないよ」
いきなりBが切り出した。
「そりゃそれだけ長く付き合ってたんだから仕方ないさ」
俺はそう返した。
「そんなんじゃないよ」
Bは続けた。
「子供が出来たんだ」
「あの人の分身がこの中にいるの」
そう言ってBはお腹をさすった。俺はその言葉を聞いて頭の中が真っ白になった。さらにBは
「子供が出来たことを彼に伝えればもしかしたら病気も治るかもしれない」
涙を流しならBは言った。その言葉を聞いて俺は我に返ったのだと思う。
「今のあいつには絶対に教えるな」
その言葉にBは切れてしまった。店の中だと言うことも忘れて、二人で言い争った。程なく店員に注意された。それでも口論が収まることはなく、結局話は平行線のまま店を追い出されてしまった。
店を出て歩きながら俺はBを説得する方法を考えていた。
歩きながらBに聞いてみた。
「そもそも何年間付き合ってきたんだよ」
「これだけ長く付き合ってきたのに何で今、妊娠するの?」
「避妊はしてたんだろ」
俺自身が疑問に思ったことだった。さらに聞きづらい事だとは思ったが俺は続けた。
「出来たのがわかったって事は、あいつが入院する前にやったって事だよな」
本当にひどい聞き方だ。
Bは答えてくれた
「今まではちゃんと避妊してたよ。」
Bは続けた。Bの話を聞いていくと俺は寒気を覚えた。
4ヶ月くらい前に変な夢を見たんだそうだ。3日間、夢は続いた。最初に見た夢は会った事もない男性で、何度も同じように
「すまない、すまない」
と言い続けていたらしい。会ったことのない人なんだけど何となくAに似ていたそうだ。
次に見た夢は亡くなる前に紹介されていた次男だった。同じように
「ごめんね」
と何度も言われた。そして最後に見た夢はA本人だった。何度も振り返りながら手を振っていたそうだ。
その夢を見て嫌な予感がしたらしく、結婚を急がなければと感じたらしい。以前から結婚の話になるとAは消極的だったらしく、いきなり結婚話をしても変わらないだろうと思い、それなら妊娠してしまおうと考えたそうだ。でも妊娠したのがわかる前にAは入院してしまった。
Bはこうも言っていた。
「あの夢はこの事を伝えたかったんだと思う」
「だから子供が出来たことを知れば必ず直ってくれるよ」
頭がおかしくなりそうだった。今日はもう遅いから明日また話そうとBを家に帰した。
その日は一晩中、寝ることは出来なかった。何が最良なんだろう。自問自答を繰り返して出た答えは、Bに呪いの話を告げることだった。
翌日はBを俺の家に呼んで話すことにした。こんな話は外では出来るわけもない。体のことも心配だったし。Bと話をし、すべてを教えてあげた。何人もの人が死にそしてAの家族が亡くなり続けていることも。夢の話や細かい事もすべて話た。
Bはため息を付きながら
「言えないよね、呪いなんて」
そう言った。
「それが結婚に踏み切れない理由だったんだね」
Bは泣いていた。俺はBに言った。
「あいつが呪いを信じてる以上、妊娠のことがわかれば100%堕ろせと言ってくるだろう」
「もしBが生む覚悟なら絶対に言うな」
Bは
「あの人の性格を考えれば言えないよね」
「でも堕ろさないよ」
涙をこらえながら言うBを見て俺は泣けてきた。
その後、俺たち二人はこれからのことを話し合った。人の人生をこれだけ真剣に考えたのは俺自身、初めてのことだったかもしれない。Aの病が奇跡的に治ってくれればどれだけいいだろう。
それから俺は暇があれば、Aの元に見舞いに行き、Bともよく話をした。Aの病状は一向に良くはならなかった。2ヶ月も経たないうちにAは危篤状態に陥った。持ち直すことなくAは他界してしまった。
俺が駆けつけた時にはすでにAの体からは温もりは消えていた。Aは自分が亡くなった後のことをよく考えていてくれた。Bに保険のことや遺産のこと、俺とBに葬儀のお願いや後の処分方法など。Bに宛てた手紙、俺とBに宛てた手紙、そして俺に宛てた手紙。
俺とBに宛てた手紙にはもの凄く感謝の込められたものだった。Bに宛てた手紙も同じようなものだったらしい。ただ俺個人に宛てた手紙は違っていた。その手紙の内容はBに見せられるようなものではなかった。
Aが亡くなって半年ほど経った。もうすぐBは出産する。無事に生まれてきてほしい、何事も無く成長してほしい。ひたすらそう願うしかない。
俺はAの残した遺言で今も悩んでいる。なんでこんな物を残したんだ。Aの残した手紙の中には、俺とBの婚姻届が同封されていた。そしてAの残した手紙。
「Bのお腹に居る子供は俺の子供ではない、お前の子供だ。だからお前は責任を取ってBを幸せにしろ。」
Aは子供が出来ていたことに気づいていたのだ。
だからって強引に俺の子供にするなよ。お前なりに考えたことだろうきっと呪いの事で頭がいっぱいになっていたんんだろう。お前の気持ちは良くわかる。でもこれはないだろ。
最後にAはこう綴っていた。
「頼むからBを幸せにしてくれ頼むからこの願いを叶えてくれ、もし叶えてくれなければお前を呪う」
Aの身の回りで起きたことは偶然だと俺は思いたい。Aが呪われる必要は何一つ無かったはずなんだから。
もしかしたらこれは俺自身が招いたのかもしれない。今までしてきたことの罰なのかな。
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