無言の訴え
ちょっと前の話。
俺は受験生だった。受験前日に気付いた出来事。
母が
「爺ちゃんが満面の笑みで写ってる写真あるけど、お守りにどうだろう」
と言うので、取り合えず写真を見せてもらうことにした。
故人のものなので、持って行って失くしたりしたらやだなぁ・・・とか思いつつ。内心、一見して礼言って返して次の日の試験に備えるつもりだった。
問題はその数分後に起きた。
「・・・写真が無い・・・」
母が顔を青くして俺に言った。
俺は少し残念だったが、
「そっか。じゃ明日試験だから、そろそろ寝る」
と言って部屋に戻ろうとした。母は背を向けた俺に呟いた。
「おめぇ、爺ちゃんの写真があるアルバムの場所知らねぇよな」
勿論俺は知らない。
その日の二年前に爺ちゃんが亡くなった時にそのアルバムを母は実家から持ってきたらしいのだが、俺はそれを母が持ってること自体知らなかった。
「知らない」
と答えると、母はさらに顔を青くした。
「無くなってるんだよ。一枚だけ」
どういう意味か分からず、俺は問い返した。
「他の写真は全部あった。でも一枚だけ抜き取られてるみたいに無いんだよ」
母はそう言った。
「抜け落ちた、とかは無いの?元々無いとかは?」
俺は少し気味が悪くなって言った。
「無い。有り得ない」
母の話によると、それは写真の四方を留めるといったものではなく、きちんとしたミニアルバム式になっていて、フィルムを剥がして貼り付け、その上にまたフィルムを貼り付けて保存していたそうだった。
抜け落ちる筈が無い。フィルムが勝手に剥がれるくらい劣化している訳でも無さそうだった。しかも母はアルバムを家に持ってきてから内容を確認していたらしく、その時は一つも抜けていなかったらしい。
俺も自分で血の気が引いていくのが分かった。
母の家は代々霊的なものを感じ取りやすい体質らしく、爺ちゃんが亡くなった時も母はしばらくうなされたりした。それらの経験談が余計に「爺ちゃんが来て写真を抜き取った」という考えに説得力を持たせた。
俺は取り合えず寝ることにした。恐い思いをした筈なのに何だか眠くて堪らなかった。俺は一通り戦慄すると、部屋に戻って電気を消し、すぐに眠りに付いた。
翌日。試験は難なく終わり、数日後に俺の合格が分かった。
未だに何で写真が無くなったのかが分からないが・・・これには後日談がある。
それから二週間くらいして、俺と母が母方の実家に爺ちゃんを拝みに行った時の事。母は車の中で口を開いた。
「この間爺ちゃんの夢を見た」
「へー。早く拝みに来いっていう催促じゃね?w」
俺も冗談半分で返したが、様子がおかしい。
「そう思うか」
不謹慎だったかと反省しつつ俺は何があったのか興味があり、訊いた。母は時々思い出すようにして話し始めた。
「爺ちゃんな、薄暗い所に座ってるんだわ。何だかゴミとか玩具とか?が一杯散乱してる所に。そんで、奥に・・・何だろな。何か幕があってな。ホラ、学校の体育館にある感じの奴。アレの真っ赤な奴が上に張ってあって、爺ちゃんの座ってるとこの上がそれに囲まれてるのそんで何か、正座か体育座りみたいな感じで座って、おれの方をじぃーっと見てくるんだ」
「・・・夢だろ。考え過ぎじゃねーの?」
「かもしれねぇけど、二回も三回も見ればなぁ・・・」
俺もさすがに背筋が寒くなった。母の夢はあることに符合していたから。
実家に到着。扉を開け、仏間に入るとそこは・・・
・・・洗濯物やら玩具やらが散乱してた。部屋の半分くらい。
実家には伯父伯母夫婦と子供二人が居るんだが、整頓されているとは言い難い状況だった。
俺も母も爺ちゃんが亡くなってから何度も見ているのでショックは受けなかったが、母は自分のかつての家の面影が無くなっていくのを寂しがっていた。爺ちゃんが生きている時は綺麗に整頓されていた家だったから。
仏壇には三個入りで、既に一個食べられているプリンが備えてあった。俺も母もそれを見て思わず絶句する。
線香が燃え尽きてから、席を立って母が一言、呟いた。
「夢と同じ・・・」
背筋が再び寒くなるのが分かった。爺ちゃんが寂しそうな目で見つめている気がした。
ごめんなさい、と訳も無く謝りたくなった。
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