見に覚えのない恨み

キキーっという音がした。私は瞬間的に振り返った。自転車が車道に弾き飛ばされ。転がった男の上をトラックがタイヤでしっかりと踏みつけて通りすぎたあと急停車した。

私はただあんまりの事態に交通誘導の警備を学生時代にやってた事を思い出し。慌てて車道に飛び出すと喉が割れんばかりにピピーッと叫んだあと、片手を上にしっかりとあげて手を振ってから踏み切りの真似事のごとく腕を地面と水平にした。夜だったから見えているのかどうか心配だったが、車間があいていたのも幸いして辛うじて後続車をとめることはでき。そのあいだに私はぴくりとも動きもしない被害者の元へと駆け寄った。

うっすらあいた目は混濁していて、辛うじて息はあるようだったが医者ではない私にどう処置していいかわかろうはずもない。

とりあえず歩道まで運ぼうとすると、別の通りがかりの人がが下手に動かすなと叫んだ。トラックの運転手がおどおどと降りてきて、最初にぶつかった軽トラックの運転手も狼狽からたちなおったのか遅れてでてきて病院に電話をはじめた。

手伝う人間がいなかったため私はとりあえずその人を動かすのをやめてどこかで読んだことがあるので手に手を添えて耳元で大丈夫とささやきつづけた。

一瞬だけ目に光が戻り、彼は不思議と私を憎らしげににらみつけ、私がその意味を悟る頃には痙攣していた彼の体が痙攣もわずかになり。辛うじて上下していた胸も上下をやめた。

目の前で命が失われたショックは計り知れないものがあった。人間が肉塊に変わる瞬間は、以前みたものは祖母の危篤の際であったが。言いたい事を言い残し、昏睡にはいったあと絶命したその死は安らかなものだった。

だが、その時の死は綺麗でなく、呼吸のとまった彼の口から未練がたちのぼっていくような印象をもっていた。

それから一年ほどの月日がたったある夜、私は霊能者のもとをたずねていた。霊障が私を悩ませていたからだ。話に聞いていたほど恐ろしいものではなかったが、突然戸棚があいて中のものがダダダッと落ちたりはっきりいって迷惑なだった。

にも関わらず私が一年もの間我慢していたのにはワケがある。私には借金という重い荷物があった、別に私が借りたわけではないが保証人なんてものになったからだ。それがあるが故に余分な金があれば返済にまわしていた。当時の私には借金のほうが、霊障より遥かに怖かったのである。少なくとも経歴に傷がつく期間は短い方が良い。そのために相談なんて後回しにしていた。

まあ内々の事情なんてどうでもいいか。

玄関に到着すると呼び鈴を鳴らそうと指を伸ばした瞬間いらっしゃいと扉がひらかれた。この霊能者の前に何人かすでに尋ね歩いていた私は、どうせどこからか様子をうかがっていてさも霊感で気づいたふりをしているんだろう位に思った。それほどまでにここに来るまでに霊能者に対して不信感が募ることがあったと思って欲しい。

中へと案内された私は座るように薦められた後、めがねの奥からじっと私を観察する眼に言い知れない不安感を感じた。しかし、相談内容を自分からきりだしてまるきりでたらめを並べ立てられるよりは、相手から喋らせるほうがいいかと黙っていた。

「相当、怒ってますね。」
「そうですか」
「ええ、直接的に殺したのはあなたではありません。が、彼はあなたをこそ恨んでいます。」
「……」

思わずどきりとした。事前に何も言っていない。なのに、この台詞である。

しばらく無言が続いた。

「あなたは自分に責任が無かったと思っている。おそらく客観的にみてもそうかもしれない。しかし彼個人としてはそうではないようです。」

読者の皆さんは上記のような私の事故後の行動を読んでどう感じたか?恨まれる筋合いがないと感じている私に共感してもらえるのじゃなかろうか?けれど

「…お気持ちはお察しします。しかし、霊の味方でもある私の立場からすれば。この声無き声をお伝えしなければはじまりません。これを伝えなければ彼の無念はおさまらない。」

こういって、彼はいいにくそうにうつむいた。

「事故の原因は、あなたのその醜い顔にあった。」

瞬間、思考が停止した。小さい頃からブスブスと言われ続けていた。それでも生まれついたものだから仕方ないと堂々と生きていた。しかしまさか面とむかって死の原因はこの顔だと言われればやりきれない。

「思わず身がすくんで、ブレーキをかけ損ねたそうです。ああ…無念が晴れたようですね。彼の未練があなたから離れていきます。」

霊障はおさまり、私には別のものが残った。

その日以来、常に私はブスブスという幻聴に悩まされ続けている。それはあまりのショックに整形をした今でも続いている。
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