止まれない

彼と出会ったのは中学生のときだ。身長は僕と同じくらいだが、やけに細くて頼りない感じだった。彼は体育の時間になるといつも見学だ。教師も了解しているようで、特に何も言わない。

ワケありなのか・・・僕は思いきって彼に直接聞いてみた。

「どうしていつも見学なんだ?、怪我でもしてるのか?」

すると彼は笑いながらこう答えた

「走り出すとなかなか止まらなくてね・・・」

意味が分からなかったが、

「へー」

と言って納得してみせた。

高校は別々で彼のことはすっかり忘れていたが、ある日、新聞で彼の名前を見つけた。なんと高校生男子1万メートルの県記録を作ったらしいのだ。

「凄いじゃないか」

僕はぜひ祝福したいと彼の高校に向かった。

陸上部はちょうど練習中で、僕はこっそり見学させてもらった。彼は走っていた、ずっと走っていた。いつまで走るのか・・・

「よーし 止めてやれ」

小太りの男がそう声を出した。2、3人がかりでようやく止める。

「大丈夫なのか?」

僕は彼のもとへ急いだ。意識がもうろうとしているようだ。僕は小太りの男につめ寄った。

「どういう事だ。こんなになるまで走らせて!」

小太りの男は何も言わず去っていった。意識が戻った彼に

「どうしたんだ 説明してくれ」

と聞いたが

「大丈夫、大丈夫」

の一点張りだ。

僕は社会人になった。彼はどうしているのだろう・・・ 彼の行方を探偵に捜してもらった。

彼は精神科病院に入院していた。驚いた僕はすぐその病院に向かった。

彼の病室に入った時は本当にショックだった。何も映ってないテレビをただ眺めていた、もう目が死んでしまっているようだ。足にはそれぞれ3キロほどの重りが付けられていた。掛ける言葉も無くただ呆然とした僕はお見舞いのフルーツを置いて帰ろうとした。

その時、彼が僕に気づいた。数秒の沈黙の後、彼は僕の方を見つめこう言った。

「ようやく止まることができた」

とね。
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