摘んではいけない
私は高校生の時、友達とキャンプをしに行きました。友達のうちの一人が、穴場を知っていると言うのです。さてそこに付いてみると、川の水は美しく、魚が沢山泳ぎ風通しがよい、申し分のない場所でした。初めてのキャンプで、こんな良い場所に来れるとは!という事で、すっかり浮かれ気味になった私達は、まるで小学生のようにそこらへんを探検することにしました。しばらく歩いていると、なにやら香しい香りがします。見ると目の前に、鮮やかなピンク色の花畑が一面に広がっていました。その美しさ、一種の神々しさに見とれて、しばしの間ぼうっとしていました。
「ねえ、これ摘んでもいいかなあ?」
「3、4本くらいなら…いいんじゃない」
今思うと、見たこともない花を摘むと言うのは、いけない行為なのですが私達はそれを知っていながら、それを摘んでしまおうという気持ちに負けてしまいました。美しい花に出会い、それを摘んできたと言う満足感に満たされその後のキャンプはとても楽しいものでした。夕食後はランプに火をともし、雑談会。最近のテレビの話、いやな先生の話、男の子の話、そしてつきものの怪談…。私達は夜遅くまで、わいわいとしていました。ところがです。いつもにぎやかでお笑い担当のMが、いつになく静かなのです。
「M、どうしたの、大丈夫?具合悪いなら、寝なよ」
「うん、大丈夫」
そうは言っているものの、顔は真っ青、身体を縮こまらせガタガタと震えています。全然大丈夫そうではありません。
「だめだよ、今から家に帰る?」
「いいの、いいから」
皆心配して、Mによってきました。しかしなおもMは大丈夫と言い続けます。しばらくそうこうしているうちにいきなり
「うるさあああい、痛いんだよおおお!」
Mはいきなり私達につかみかかってきました。そのときのMの顔は、人のそれではありませんでした。そんな中、私の耳もとで誰かが何かを呟いています。こんなときに悪ふざけを!
「ちょっと!」
振返ると、そこにあるのは闇ばかり。Mは白眼を向いて倒れてしまいました。見るとずれた服から見えるMの腹には、青いアザがくっきりとありました。目を覚ましたMに事情を聞いてみると、
「急に腹が痛くなり、下したかなあ、と思っていたが、どうもそれとは違う。そのうち、腹がさける様にいたくなり、しまいにはそこからちぎられる様な痛みが襲った。その後は分からない」
と言いました。ただの病気ならいいでしょう、しかし、あの私達を襲ったMの顔…。何か」が憑いたのではないか、ということが、言わずとしても私達の中で一致していました。
「きゃあ!」
突然、メンバーの一人が悲鳴を上げて耳の後ろを押さえました。
「どうしたの?」
彼女は青い顔をして言いました。
「耳の後ろがむず痒いと思ったら、なにかが喋ってたの」
「…もう、寝ようか」
誰がともなく言ったので、皆それに従いました。テントの中で私は、気を紛らわそうと持ってきたウォークマンで音楽を聞き始めました。
やっと落ち着いてきたときでした。音とびがし、それに合わせて何かが聞こえます。さっきの、私の耳もとで呟いていた、「何か」の声です。恐ろしさのあまりがたがたと身が震えます。
「…………イ」
いやだ、いやだ、と意味もなく呟いてみても、同じでした。声が、段々、ハッキリと聞こえる様になってきます。
「…イ……イ」
耳からヘッドフォンを思いっきり抜き、寝袋にくるまりました。それでも、まだ聞こえてきます。
「イ…イジャ…イ」
涙が溢れ、耳を押さえても聞こえてきます。そして、とうとう「それ」が何を言っているのかが、分かりました。はっきりと、聞こえたのです。
「痛 い じ ゃ な い」
「きゃあああああ!!」
もう我慢の限界です。私は耳を押さえて叫びました。
「どうしたの!?」
同じテントにいる子が、私に聞きました。それに答えようとしたとき、急に腹が痛くなりました。それもただの痛さではありません、そこからちぎれてしまいそうな痛みです。
(痛い、痛い、死んでしまう!)
気絶しそうになるその瞬間、あの花の匂いが一瞬、漂いました。
目を覚ますと朝でした。友達が、心配そうに私の顔をのぞいています。聞くと、私以外にも、「誰かが耳もとで呟いていた」と言った子、そしてもうひとり、同じ様になった人がいたそうです。一体、あれは何だったのだろうか?そう思いながら着替えていると足下に、茶色いかさかさしたものが触れました。拾ってみると、それは昨日摘んだあの花でした。一晩でこんなになってしまうなんて…?そのとき、私の腹に、青いアザが一本あるとこに気がつきました。そしてあることに気がつきました。この症状が出たのは、この花を摘んだ人だけ、Mもそのひとり。もしかして私は、摘んではいけないものをつみ、そのバチがあたったのではないのか…?
帰る前に、私は一人で、あの花畑へと行きました。相変わらず香しい匂いがします。ですが、そこに感じられたのは、あのときの神々しさではなく、一種の恨み…そのようなものでした。今でも、そのアザは消えません。多分、一生消えることはないでしょう。
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