山がふえる

俺の住んでいる町は、四方を山に囲まれていて。中学校の時に、そんな山に関連する話を聞いた。

「お前、日曜に山登ったか?」

教室でいきなり友人がそんな話を振って来る。俺は先週も先々週も、日曜は家でゲームするか漫画読むかしかしていない。

「いや、お前山に居たんじゃないの?」

話が見えない。最初から話して欲しいと思う。やや静寂。

「お前、山が増える話知ってるか?」
「は?」

さっきとは微妙に空気の違う静寂。

曇りの日や、朝早くには遠くの山々に霞がかかる。そんな時、注意深く山々を眺めていると、おかしな事に気付く。普段よりも山の頂が、一つ多く見えるのだ。霞の日、山が一つ増える事が稀にある。

小中学校で、そんな話が噂になっているらしい。怪談と言うよりも都市(村?)伝説の類になるかもしれない。どっちみち、豪快な話ではあるし、小学生とかは好んでそんな噂を流しそうだ。

「先週の日曜、小雨がパラついてただろ?」

まぁ、降ってたな。俺は漫画読んでたから関係無いけどさ。

「だから俺、役場の広場まで行って山を見てたんだよ」

っつうか待て。だから、の後に続けるセリフじゃ無いだろ、それ。山が増えるとか何とかって話を間に受けたのか、お前は。

「増えてたんだよ!」

友人はマジ顔だった。

「あのな」

話の流れが不穏な方角へ流れそうだったので、俺は釘を刺しておく事にする。遠くに見える山が幾つ見えるか、何て普段から数えた事が無いんだから、錯覚で一つや二つ増えたり減ったり見える事もあるだろうよ?ツインピークス、双子の丘みたいな形の山頂だったら、山二つ分、と間違って数えちゃう事だってあるさ。

それに、山に霞がかった日ってのも問題だろ。視界が悪くなるんだから、ますます錯覚の可能性が増す。いや、それを狙って「霞がかった日」なんて条件を噂に組み込んだんじゃ無いかね?

「増えてたんだよ!」

説得に失敗した。友人は同じセリフを繰り返す。

「絶対にいつもはあんな山、無かった! 断言出来る!」
「そうは言ってもなあ」
「だから俺、自転車で近くまで行ったんだよ!」

どこまでヒマなんだよ、お前は。

二、三キロの道程を自転車で走破した彼は、彼が主張する所の「増えた山」の「一つ手前」の山の入り口付近に辿り着いたそうだ。遠くに見える山ってぇのは、実際にはとことん遠くにあるものなのだ。それでも、彼はその山の奥深くに続く小道(既に車では入れない細道らしい)に突っ込んでいったらしい。一山越えて、幻の山まで辿り着くつもりのようだった。

何が彼をそこまで滾らせているのだろうか。その辺を追求した方がいろいろ有益なような気がしないでもない。

「で、その道の途中にお前が居たんだ」
「居ねぇよ」

ジョジョ第四部読んでたよ。小雨の山ん中で読めるかよ。『俺』は五十メートル程離れた坂道の天辺で彼を見つけ、手を振ってきたらしい。学生服姿だった。いや、おかしいだろ?

「部活なのかなって」

卓球部員が雨の日曜に学生服で山奥をうろつく理由を教えてくれ。

おぉい、おぉい、と呼びかけあいながら、彼が近づいていくと『俺』はゆっくりと坂道の奥へ消えていった(らしい)。待てよ、おい、……と自転車で坂道まで登った彼が見たのは森の中に消える無人の獣道だった――と言うシメだった。

「あれはお前だ」

違うって。

「間違いない。右足にギプスはめてたし」

俺はつい自分の足元を見つめた。そのプラスチック製の固定具を、当時の俺は外す事が出来なかった。手術によって切れた腱を繋ぎ、ギプスを取る事になったのは半年ほど先の事である。……別に、世界で俺だけが足にギプスをハメてる訳じゃない。見間違いだ。

「お前だ」

堂堂巡りだった。

と言う話を、その後高校の時に別の友人に話した。世の中の無駄トリビアを日々探し回って生きているような男である。仮のコイツを仮にBとする。中学の時に小雨の中元気に走り回ってたのをAとするか。……最初にそう書けば解りやすかったなぁ。

「ドッペルゲンガーだ」

嬉しそうに言うが、俺だってその程度の言葉知ってるぞ?山が増える云々ってトコからまず胡散臭いし、何もかもAの見間違いで間違いないヨタ話だと思うんだがな。

「実際問題、山が増えたり減ったりする事は無いなぁ、確かに」

当たり前だ。測量の人が泣くぞきっと。

「だから見間違いじゃ無いとすると、そういう風に見せて、呼び寄せてたのかもね」

何がよ? 俺のドッペルさんか?

「○○山って知ってるかい?」

知らないよ、お前も大概唐突だよな。どこの山だよ。

「この町の山らしいよ。らしい、ってのはどの山なのか俺も知らないからだけど」

町史を調べていた時に、こんな伝説を見つけたらしい。

昔、合戦で敗走してきた○○と言う武士が、山の中に潜んでいたが見つかって殺された。以降、その山はその武士の名で呼ばれる事になったのだが。ある時から、その山に「旗」が立っている事がたまにある。その旗を見てしまった者は、三年以内に死んでしまうと言う。

リングか。不幸の手紙なのか。

「いついつまでに死ぬ、って話は大昔から世間で好まれてた話だし」

滅べ、そんな世間。

「この辺で戦って言うと……源平合戦の初期か、水軍衆の争いかなぁ?」

で、その伝説とAの話がどう関係あるんだ?

「ほとんど関係無いけど、○○山ってのが『本来は見えない山』なのだとしたら。実際にこの町のどこにあるのかさっぱり解らない理由も解るなあ、って」

Bは愉快そうに言った。

「んでもって……この伝説と、良く言われるドッペルゲンガーの話には妙な関連性が、一つだけあるよね?」

お前が行って確かめれば面白かったのに、どっちが消えるか見物じゃないか……等と尚も何か訳の解らない事を言っていたが、そこは聞き流した。

「もっと関係無い話がある!」

Bが思い出したように言った。関係無い話ならしなくていいんじゃ無いか?ものすごく話したそうなのは、何でなんだろう?

「図書室の隣の資料室な、俺図書委員だから自由に出入りできるんだけど。って言うか、○○山の伝説はそこで見つけた話なんだけど、同じ本に、やっぱりこの町の山の話があって」

この町の山は不思議だらけなのか?Bが語りだす。

夜、真っ暗闇の滝壷にある時、ふーっと焙烙鍋が降りてくる事があると言う。……俺は続きを待った。

「…………」

……Bさん?

「いや、降りてくるんだって」

うん。それで?

「いや。それだけなんだよ! すごくねぇ? 二、三行だけの文章でそういう伝説を紹介して、『何とも幽玄な光景では無いか』とか大真面目に感想書いてるんだよ」

俺はお前がどうしてそんなに嬉しそうなのかそれが聞きたい。

「でも、考えてみりゃあ、幽霊だって大抵は出てくるだけだぜ?誰もこの鍋だけを責められないだろ?」

霊と鍋(ナベの霊?)を一緒にするな。霊と、霊の事を一生懸命考えてる人になんだか物凄く失礼な気がするから。
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