古美術商の災難
〜後編〜

翌日はとても忙しい一日でした。まず同僚が入院している病院に行き、奥さんに見舞金を渡しました。奥さんの話では、峠は越えたが予断を許さない状態とのこと。

その後、同僚の仕事と私のそれを一役でこなし、深夜に疲れ果てて帰宅。床に付きました。

うなされて(悪い夢ですが、覚えていません)目が覚めると、いつも隣に寝ている妻がいません。あれっ? っとその時、階下の店から女の泣き声がします。妻の泣き声です。

(なんだこんな時間に!?)

私はいらいらしながら階段を降り、うす暗闇の店の中で泣き咽ぶ妻を確認した時…この時私は始めて、はっきりとパニックの虫が背中に爪痕をたてたのを、今でも非常に覚えています。

妻は接客用に拵えた店の奥座敷の床の間に伏せていました。そして床の間に飾ってあるのは………あの美人画でした。妻が箱から取り出して飾ったのでしょう。

雲の上を歩くような足取りで私は妻の元へ歩み寄り、その肩を優しくそっと揺り動かしました。

「どうしたの?」

妻は泣きじゃくり私の手をはね除け、いやいやをしながら増々大声で咽びあげます。私はそんな妻の肩を抱き支えながら、掛けてある絵を外しました

あれ程身も蓋もなく泣き叫んでいた妻は、私が絵を外した瞬間、急にぐったりと、眠ってしまいました。信じられない程に穏やかな寝息です。

「どうしたの?」

はっとして振り向くと、娘(当時中学1年生でした)が不安そうな顔で見つめています。咄嗟に私は、

「ちょっとお母さんと喧嘩して…もう大丈夫だから」

と答えました。娘はまだ不信そうでしたが、納得したのか階上へと戻りました。娘が部屋に戻って30分後、私は妻をおぶって寝室へ戻り、寝かせ付けたのです。

次の朝、私は明るい妻の呼び掛けで寝不足の目を覚ましました。娘が学校に行った後、私は妻にさりげなく昨日の夜の事を尋ねました。妻はニコニコしながら答えます。

「えっ??? 何それ?」

妻はまったく覚えていません。

その日もまず病院を尋ね、相棒の奥さんから相棒の命が助かった由を知りました。しかも外傷に比べて脳の損傷が全くない事を知り、二人で手を取り合い喜びました。

さてその夜、昨日と全く同じ悪夢が繰かえされました。私が厳重に隠したあの“絵”を妻は事もなく見つけ出し、床の間に飾っておいおい泣くのです。この日は流石に娘に隠す事は出来ず、二人で妻をなだめ、寝かし付け、三人一緒に奥座敷に布団を引いて寝ました。

翌日…妻は変になりました。朝、私と娘は狼の遠吠えのような声で目を覚ましました。妻です。布団の中で仰向けの状態のまま、

「うおおおおぉおおん!! うおおおぉぉぉぉおおん!!」

と獣のような声で哭き、

「しくしくしくしく」

と子供のように泣くのです。

私は妻を大学病院へ連れて行きました。診断の結果は脳腫瘍でした。

〜〜〜〜〜〜


ようやくここに書き込むことができます。実はタクシーにはねられて退院してきたばかりです。昏睡状態のなかで、祖母にこれ以上話してはだめといわれました。みなさん、中途半端ですみませんね!でも、待ってる人そんなにいなかったりして(笑)

それでは。。皆様の御健康を心よりお祈りして。。

ただ、ひとつだけ。。。

此所に書き込んだからには気を揉んだ方に話しておきます。私の店にあるあるものが擬人化して、夢に出て来て助けていただきました。また、私の店にその絵画に書かれていたある骨董品が現存してまして、それを深川のあるところに絵と一緒に供養(焼却)しました。

それで落ち着いたのです。今、私の相棒も妻も元気です。

あの悪夢は私の子供をも巻き込んだ大変なものでした(娘はエクソシストのリンダ・ブレアみたいになりました)。 まぁ、詳しく話す事はできません。それはタクシー事故で知りました。では、みなさんお元気で!唐突ですが、察して下さい。

みなさんお元気で!こころより祈ってます
⇔戻る